5人が本棚に入れています
本棚に追加
「――そう」
「――そう。じゃないです三角創さん!」
いじらしい素振りを見せていた少女は突如として一転、激昂した。
「年端も行かぬ乙女が健気にもかつての淡い恋心を打ち明けたという時に、そんなにもそっけのない返事をするとはなんとも致しがたい応対ではありませんか? 図らずも私の初恋を奪った紳士たるもの、然るべき反応の仕方があるというものです!」
威勢よく荒ぶる少女の反動で、豆腐とランドセルとポニーテールがあられもなく飛んだり跳ねたりしている。
「それは世の理?」
「デ・リ・カ・シ・ー・です! そんなだから私の事を忘れてしまうんです。三角創さん、あなたが私を思い出さない限りお豆腐を渡すことはできないです!」
「思い出すも何も、君が名前を教えてくれればいい」
「たとえ今は記憶になくとも、かつて知っていた人同士で自己紹介はしないです。これは世の理です。旧い友人との突然の再会を名前を呼ばずにのらりくらりとやり過ごす多くの大人が積み上げた実績に裏打ちされた理です」
鋭い剣幕でまくし立てた少女は、切れた息を整えてながら言葉を続けた。
「はぁ、しかし、苗字なら申し上げるです。私の苗字は白守です」
創は目線は多くの人が過去を振り返るときにそうするように、斜め上を向いた。
「その苗字に聞き覚えはないと思ったけれど」
「きっとそうです。以前お会いした時、私はまだ別の姓を名乗っていましたから」
最初のコメントを投稿しよう!