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こぼれ話の続き
「翠、どこだ?」
びしょ濡れのアザラシから滴り落ちた水溜まりを辿っていくと、座禅場に辿り着いた。
ここは先日煩悩払いの会をした場所だ。
あの時は、みんな弾けて楽しかったな。
「翠、中にいるのか」
翠の行動は、おおよそ読めていた。
水を吸ったアザラシの重みに、俺の体重を感じてしまったに違いない。
可愛い翠。
俺がいつも翠を布団に押し倒し組み敷いているから、その重みまで記憶に留めてくれるようになったのか。
俺色に染まる翠。
「翠、出てこい!」
力強く呼ぶが、返事はない。
痺れを切らして中を覗くと、そこには誰もいなかった。
だが、足を踏み入れると畳がぐっしょり濡れていた。
横には警策 (坐禅で修行者の肩ないし背中を打つ棒)が転がっていた。
どうやらこの部屋で煩悩を払うことを試みたが無理だったようだ。
煩悩に塗れた翠を、早く助けてやらないと……
「翠、どこへ行った?」
****
流と僕だけの離れ。
その湯船にアザラシを沈め、僕は汗を拭った。
今日の僕……変だ。
こんなことで股間を昂ぶらせるなんて、寺の住職としてあるまじき姿。
そうか、袈裟を着ていないからだ。
水族館デートのために、今日の僕はタイトなズボンにニットというラフな姿だ。
この姿が、心を解放してしまうのだ。
早く袈裟に着替えよう。
着ていたものは、転んだ時についたアザラシの泥と水分で汚れ湿っていた。
脱衣場で潔く衣類を脱ぎ捨てると、大きな鏡に己の裸体が映し出された。
欲情した身体を目の当たりにし、くらりと目眩が……
僕……もう駄目だ。
「流……早く来て……欲しい」
そこに扉がガラッと開き、ヌッと流が現れる。
「あっ……」
脱衣場で全裸で佇む僕。
恥ずかしくて、くるりと後ろを向くと背後からギュッと抱きしめてくれた。
「翠……やっと俺を呼んだな。リューじゃなく、俺を」
「……こんなになったのは……全部、リューのせいだ」
「あぁ、そうだな。リューのせいだ」
「流……流……」
幼子を慰めるように流が抱きしめてくれる。
僕が守ってあげた小さな弟が、今は僕の恋人として僕を抱きしめてくれる。
それが嬉しくて……
「翠……どうして欲しい?」
「解き放って……欲しい」
****
今日はコメディではなく、兄弟BLらしい展開になりました!
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