返り道

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「結果として、君は一回壊れて死んだわけだ。その点どう思うよ」 確かに、あの時あの場所で私の身に降りかかったのは明確な死のイメージだった。 あれからいくらか時間がたったにも関わらず、自分の腕にはカッターナイフを握りしめた感覚とありもしない傷口の痛みがマジマジと残っている。 「別に……今さらどうとか感想はないです。ただ……」 「ただ?」 「今の俺は確かにここにいて、確かに生きてる。でも一歩間違えたらああなっていたと思うと……ゾッとする」 「まあ、確かにあれは中々にハードだった。けどお前がああなる条件ってかなり特殊で、あんたが周りを見ずに自分勝手な孤独とストレスで死生感狂って、なおかつ学校爆破テロなんていう中二病患者が鼻血を出して喜ぶ計画を実行しない限りああはならなかったと思うけど」 「でも世の中学生なら誰でも想像くらいはするでしょ。地元で起きた大規模テロ」 「その場合、俺だったら真っ先に駐屯地制圧するね」 「結局あんたも中二病罹患者じゃねーか」 俺はあきれながらもこう続けた。 「俺は大切なものを失うのが怖い。それは命だってそうだし、分かり合える友達だっていつか消えてなくなるかもしれない」 「え? 友達いたの?」 「いたよ、特別支援学級のクラスメイトとか」 「あと、消えるなんてことはねぇーだろ。常識的に考えて」 「比喩だよ比喩。真に受けんな。……ともかく俺はなくしてしまうことが怖い。それがどんなものであっても怖いんだよ」 「そんな失せ物恐怖症が何でわざわざ新発田を出るんだよ、別に嫌いって訳でもないだろ?」 「それは……! シンプルに成績が悪いっていうのもある……けど一番の理由は地元の学校に居づらいからかな。あれのせいで変に悪目立ちしたし」 「要するに【臭いものには蓋を】ってところか。変わりたいけど変わりたくないとは、めんどくせぇ性分だね、あんた」 「放っとけ!」 「まあ、そういうとっても愚かで馬鹿らしくて面倒くさいそういうところは愛すべき汚点だと思うよ。大事にしとけぇ!」 そう返したところで乗務員の彼は最後の一口と言わんばかりに手に持った発泡酒をググッと飲み干した。すでに床に散らばった空き缶は両手では数えきれないほどだ。 「さってと! そろそろ仕事に戻りますか!」 そう言って彼は立ち上がった。 「その前に空き缶を片付けていけよ」 「後でやっとくよ」 あれだけ飲んだはずなのに足元はしっかりとしている彼は、改まった様子で帽子を取り、こちらに向き直り俺にこう言った。 「それではお客様! あなたのこの先の旅路が幸多いものとなりますように。私共は願っております。それでは、bon voyage!」 そう言い残し、彼は客車から居なくなった。 軽薄な男とかなり長く話し込んでしまったこともあり疲れた。心なしか身体も重い。 『まもなくー終点……終点……』 そんなアナウンスに耳を傾けながら俺は深い眠りに落ちていった。 ※※※ 目を覚ましてから色々なことが目まぐるしく過ぎていった。 まず気が付いた場所は自室でなく病院のベッドで、俺はいつの間にか入院していて、真っ先に病室に飛び込んできたのは他でもない母親だった。 その母の話によると卒業式の後、俺は足を滑らせて階段から転げ落ち、一時は命の危険もあったらしい。 頭を強く打ち付けたせいか当時の記憶も曖昧で真相はわからないが、仮にいじめっ子の仕業だとしたらきっとヒヤヒヤしたに違いない。そう思うことにした。 引っ越しの準備や手続きなどをあわただしくしていると、あっという間に春休み最終日になった。明日から新しい場所で、新しい生活が始まる。 俺は出発する前に、新発田駅のすぐ横にある公園に来ていた。 そこには、あの夢の中で走っていた蒸気機関車――D51型蒸気機関車があった。 どういう経緯で誰がこの公園に寄贈したのかはわからないが、過去には軍の施設があって商売の町として発展したこの町なら、今でも根強い人気があるこの車両が活躍したという話を聞いても別に驚かない。実際、すぐそこにあった看板にはかつてこの辺でも走っていたと書いてあった。 ただ、『銀河鉄道の夜』のように、迷える魂を毎夜毎夜どこかここではない別のどこか――例えばあの世とかに運んでいるという考えは、果たして中二病の症状に含まれるのだろうか? 「……含まれそうだな」 思わず声が漏れた。 ベンチに座り、あの日見た夢に想いを馳せる。 あの車掌は何者だったのだろうか。 最後に帽子を外して見た顔は紛れもない自分自身の顔であった。 あれは、未来の自分だったのだろうか。それとも今の自分とは違う道を歩んだ自分だったのか。今となってはわからない。 もし仮にあれが未来の自分の姿なら、神経を逆撫でする飄々とした態度に、壊滅的な酒グセは何とかしなければならない。あれは悪い大人だ。 ただ、一つだけ見習う所があるとすれば。 あなたのこの先の旅路が幸多いものとなりますように。 bon voyage! ボンボヤージュ、フランス語で「よい旅を」という意味だ。確かそんな名前の絵本が図書室にあった気がする。 「よい旅を、よい旅……か」 あの車掌が最後に見せた笑顔は、今までの人を小バカにしたようなものではなく、とても爽やかで心底楽しそうな笑顔だった。 あんな風に……笑顔で人生を楽しめる日が、いつか来るのだろうか。あの辛く苦しい日々が、「とにかく辛かった」と誰かと笑いながら話せるような日が。 そんな日が来たら、夢の中で死んでしまった自分自身も報われるのだろうか。 冷たい風がほほを撫でる。4月になって暖かい陽気が増えてきたもののまだまだ寒い日は続いている。 退院後、父から卒業祝いだと渡された腕時計に視線を移すと午後四時を告げていた。 早めに帰って早めに寝よう、明日の自分のために俺は立ち上がる。 心の中の不安はまだまだ居座っているけど、今のそれはあの頃よりもずっと小さくなった気がした。
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