返り道

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覚束ない足取りで路地裏の小道を歩く。小さな大判焼き屋から香る小豆の匂いや、表通りと路地の狭間にある公園に転がる小さなバケツは、確かにそこに人がいたことを示すには十分な要素のはずなのに、この町に人は居ない。 日は完全に沈み、ほのかに朱が残る町を当てもなく歩く。 開けた場所に出て、またしばらく歩く。やがて幹線道路にあるラーメン屋の前のバス停で休憩することにした。長い距離を歩いたせいで足が痛い。靴には学校で踏んだのか赤い血がベッタリと染み付いていた。 コーンコーンコーン…… 遠くから遮断機の音が聞こえる、遮る建物がないせいか音がよく通る。 ガタガタンガタガタン、ポーッ しばらくすると列車の走行音が近づき、無機質に鳴り響くリズムをかき消し甲高い汽笛の音色が響いた。 音がだんだん近づいてくることに気がついたそのとき。 シュー……と音を立てながら停まった蒸気機関車が目の前にあった。 俺は町を出たい一心で、最後の力を振り絞り汽車の客車に乗り込んだ。 ※※※ 新潟県新発田市。人口10万人にも満たない地方都市で、新潟市の北側に位置する関係上、いわゆるベッドタウン的な役割も果たしている。 一見するとなんの変哲もないただの住宅街のようだが町自体の歴史は古く、江戸時代には新発田藩の城下町として栄え、明治からは軍都としての役割を果たし、戦後は商業都市として発展した……らしい。 正直、今を生きる若者にとってはどれもこれもどうでもいい過去の栄光に過ぎない。 真新しい市役所の隣には使われなくなった商業ビルが並んでいたり、陸上自衛隊の駐屯地の隣の公園には戦場で亡くなった人々のための慰霊碑があったり、石畳の道の向こうに昔ながらの銭湯があったり……町の歩みがそのまま町のあちこちに散らかしたままにされた、まるで遊びっぱなしで放置された子供部屋のような、そんな町。 俺は駐屯地横のコンビニで必要な物を調達して白壁兵舎の前を通り、そのまま新発田城へ向かう。慰霊碑がない方の公園――城址公園を通り抜けてお堀に沿ったカーブを曲がっていく。 道を外れて石段を越えお堀の側まで来た俺は、いそいそと先ほど買ったさきイカを糸に結びつけ、適当な棒を使って即席の釣竿を作った。 水面に釣り糸をたらす。目標はアメリカザリガニ。昔からこの新発田城での定番の遊びだった。 春休み明けから市外の高校に進学するため、故郷を離れる前に子供のころできなかったことをできるだけやりたい。そう思い立ち、今日この場所にやって来ていた。 しばらく釣糸を見つめていると、遠くから騒がしい声が近づいてきた。 視線を対岸の道路に向けると、先ほど通ってきた道を数人の子供達がこちらに向かってきていた。おそらく近所の幼稚園から来たのだろう。 手に抱えているのはさきイカの袋と凧糸、どうやら目的は同じらしい。 子供たちは各々準備をして釣りを始め、そのうちお堀の縁は子供達で一杯になった。 そのなかで一人、釣糸を垂らさずに植え込みの影で不貞腐れている陰がひとつあった。 それは紛れもない、幼い頃の自分の姿だった。
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