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はげしく揺れる
藤翔太──一瞬、美少女に間違えてしまうこの青年が曲者であった。
「まっすぐ立てよ」
「ちゃんと並べろ」
開店したものの一向に客の来ないパン屋のレジカウンターに突っ立って、早くも腰をさする星歌の背をパシッと叩く。
焼きたてクロワッサンをトレイに並べる作業を背後からじっと監視する。
都度、何かしら文句を言って声を荒げるのだ。
「美味しく見えるようにキレイに並べるんだよ」
「へいへい」
「並べるときは、ちゃんと角度を揃えて。ああ、もぅっ!」
「何このスパルタ。ハイハイ、どうせ私は曲がりくねった性根の持ち主だよ。パンすらまっすぐ並べられない女だよ」
聞こえないようにブツブツ呟く。
「……何か言ったか、お前」
もうお前呼ばわりである。
オーナーと紹介されたモノホン王子は奥の厨房にすっこんでパン作りに没頭しているようだし、第一、名前すら教えてもらっていない。
早くも星歌は軽はずみにバイトを承諾したことを後悔していた。
突然雇われることになったものだから、ユニフォームの予備すらないというではないか。
着ていた服そのまま、ワンピースの下にジャージのズボン、そしてヒールという謎の出で立ちの上に、たまたまあった赤いエプロンをつけただけの姿である。
客よ、どうか誰ひとり来ないでくれと祈るしかないわけだ。
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