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小さな呟きは、この場の誰の耳にも届かなかった。
何故ならその瞬間、扉についた鐘が派手に鳴ったから。
甲高い嬌声が、気まずく流れる店内の空気を破ったのである。
学校指定の革靴の踵が床を踏む音が、小気味良く重なる。
「いいニオイ、でもちょっと狭いね」
「ごはんのあとの体育って最悪だよ」
「ヤバイヤバイ、期末マジで死ぬし」
軽やかな笑い声とともに、おしゃべりの洪水。
少女とも表現できる若い女性特有の細くて高い声は、小さなパン屋の天井に反響し、店内に華やかに降り注いだ。
「い、いらっしゃ……」
星歌と翔太が上ずった声をあげるが彼女たちの声量の前に、語尾は空しく消えてしまう。
店内を埋め尽くす女子高生は全部で八人ほどになろうか。
四時間目が終わったのだろう。
昼休みを利用して新しくできたパン屋に襲来といったところか。
もちろん放課後まで校外にでることは禁止されているのだが、校門の鍵は内側から簡単に開くし、見張りがいるわけでもない。
正門すぐ前にオープンした可愛い外観の店が気になって見に来る生徒がいるのは予想の範囲内だったのだろう。
だから、行人が先んじてやってきたわけだ。
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