241人が本棚に入れています
本棚に追加
行人が自分のアパートに向かっているのは明白だ。
自分は事故物件の自宅に戻るか、それとも昨夜のように義弟の家に行くか決めなくてはならない。
ふたつの家へ向かう道はこの先の十字路で分かれるからだ。
夕べは何の躊躇いもなく義弟の家へ乗り込んだ。
なのに、今は──。
夕暮れ空の雲の向こう。ぼんやりと白い光を放つ月が、彼女のブレスレットの星の形を地面に浮かび上がらせていた。
大切なものなのに、今は腕がズシリと重い。
踵を引きずっているのは、一日中立ち仕事をして疲れたからという理由ではなかった。
そんな星歌の様子を気に留めるでもなく、行人は前方を向いたままボソッと呟く。
「……本当にあの店でバイトする気? パン屋は朝が早いし、姉ちゃんには無理だろ」
「ム、ムリじゃないよ……」
声を詰まらせたのは、自分がだらしないと分かっているから。
昨日までだって、実家の母親からモーニングコールをしてもらって何とか起きていたくらいだ。
「姉ちゃんには向いてないと思うよ? 母さんへの借金のことなら俺も手伝ってあげるし。とりあえず、今はゆっくりしたら?」
最初のコメントを投稿しよう!