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夜空に降る涙
一瞬の静寂。
朱の一滴が藍色に呑みこまれる僅かな間、街の雑音が消える。
ああ、闇に取り込まれてしまいそう。
耳を澄ませば、小さなビルから吐き出された大人たちが疲れたような、けれども軽やかな調子で互いの労を労う言葉が聞こえる。
住宅地の狭間にある保育園からは子供の歓声と、大人たちの笑い声。
一本むこうの大通りは、店を開けた居酒屋の喧騒と元気な呼び込み。
車が何台も通り過ぎているのが分かる。
しかし、星歌が取り残された細い道には街灯も設置されておらず、何の音もなかった。
左側は月極ガレージ、右側は廃業した印刷工場の建物。
そこは小さな町の、人通りの少ない裏道である。
星歌と行人どちらのアパートへ向かうにも近道とはいえ、普段だったら彼女もひとりでここを通ったりはしない。
行人がいたから、暗い道も怖くなかったのだ。
でも今、彼女はたったひとり。
向こうの道路や、ガレージのあちら側に立ち並ぶ民家から漏れるあたたかな灯かりが照らす道路には、うっすらと白い星が散らばっていた。
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