会いたい

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会いたい

ある日、俺は決心していた。 そう、れんちゃんに会いにいくと。 一応お見舞いっていう形で会いにいくから、軽く手土産を持って訪れた。 「よし」 病院の前で気合いを入れ直し、変装用のマスクをして歩き出す。 ウィーンと自動ドアが開いて病院の中へ入る。 マスクをしているからか、あの独特な匂いはしない。 先に屋上を覗いてみたが、今日はいないみたいだ。 そして階段を降りた俺は足早とナースステーションを目指す。 少しドキドキしてきた…… もう少しでれんちゃんに会えるんだ…… マスクの下のニヤけた顔を抑え、そこにいたナースに聞いた。 「すいません、お見舞いなんですけど。あしむられんさんの部屋ってどこでしょうか?」 あまりお見舞いに来たことがない俺は、まっさきにそう聞いた。 「少しお待ちください」 そう言ったナースは椅子に座ってパソコンに何かを打ち込む。 そうして入力を終えたその人はパッとこちらを向いた。 「すみません、その方は現在入院されておりません」 「え?」 入院してない……? 患者じゃなかったのか? そんなはずはない。 だってあの時ちゃんと病院の服を着ているのを確認していた。 「あ、ありがとうございます……」 お礼を言ってその場を立ち去ろうとしたその時。 「あの!今、芦村恋っておっしゃいました? ていうか、如月色葉さんですよね?」 後ろを振り向くと受付の人とは別のナースさんが こっちに近付いてきていた。 最後の名前の確認の時には少し声を抑えてくれた。 「はい、そうですけど……」 「如月さん、芦村さんとお知り合いなんですか?」 知り合い……なのか? 俺はそっとマスクを外した。 「いや、あの、ちょっと……」 「病院から患者さんの個人情報は教えられませんが、芦村さんなら退院されました」 その言葉を聞いて愕然とした。 退院なんかされたら、もう何も手がかりがなくなる。 連絡先だってまだ聞いていないのに。 でもここは役者らしく。 「そうですか……では帰りますね。 わざわざありがとうございました」 最後にはにこっと笑顔まで添えて、俺はまた帰路に。 後ろではそのナースがまだこっちを見ている。 持っていた手土産は、ただ腕を疲れさせるだけだった。
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