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「あ……ごめんなさい」
俺は持っていた煙草を箱に戻し乱暴にポケットへねじ込んだ。
ありがとうございます。
その人は小さめな声で言ってから申し訳なさそうに向こうへ歩き出す。
その後ろ姿は、少しでも風が吹いたら消えてしまいそうなくらい儚くて。
思わず叫んだ。
「あの――!」
その人が足を止めてこちらを振り返ると、またドキッと心臓が跳ねて苦しくなる。
「君の名前……」
そんなことを聞かれるとは思っていなかったのか、きょとんとした後で少し顔を赤く染める姿はとても可愛くて。
「れん……芦村恋です」
その人はそれだけ言い残し、香水だろうか。
優しい香りだけを置いて帰って行った。
れん、ちゃん……
その名前を知って、俺は何とも言えない気持ちになる。
顔が熱くて、心臓が鳴り止まない。
自然と口角が上がっていくのを感じる。
ドキドキした感情を押さえ、俺はスタッフさんたちのいる場所へと向かった。
れんちゃんにはもう会えないのかな……
そう思うと複雑な気持ちが絡まる。
俺は歩く方向を180度変えた。
やっぱり連絡先だけ聞いておこう。
そう走り出した時。
「如月さん…!もう撮影再開しますよ!」
後ろから声をかけたのはマネージャー。
俺は少し迷ってから足を止めた。
また体の向きを反対にしてマネージャーのいる方へ向かう。
「ごめんごめん!道迷っちゃって……
広いねぇ〜、この病院」
誤魔化して笑ったその顔は上手く笑えていただろうか――。
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