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ライブは成功した。
「爽さんテンション強くて、俺もいい演奏できました!」
ベーシストがそんなことを言ってくれた。
「こちらこそです!ありがとう」
スマホを確認した。メッセージは既読になっていたけれど観てくれただろうか。
「安藤さん、再生回数どうなってますか?」
「あ、大丈夫です。再生回数3回。これは僕が二つのスマホで動作確認したのとプラス1回ですから」
「そうか、安心した。安藤さんありがとう。無理を言ってすみませんでした」
マネージャーに礼を言った。
「さて、一旦戻ってまた移動ですね。今日は自分のベッドで寝られるかな」
「安藤さん、オフの間ここに泊まっちゃダメ?」
「別に、明日明後日はオフだからいいですけど、自腹になりますよ~?」
「構わない。じゃあ今からオフってことでいいかな」
「明後日の夜には絶対に自宅にいてくださいよ?」
「わかった」
「どこに泊まるか決めてますか?」
「いやまだ……」
「ほーら爽さんはこれだから。もうアマチュア時代の風来坊的にカプセルホテルとか泊まるの止めてくださいよ?僕の心臓が持たない……そうだ、爽さん海好きですよね?」
「ああ、好きだけど」
「ちょっとタクシーで走るんですが、ここの海辺のリゾートホテルになら友達がいるんです。電話してみますね」
安藤くんは学生時代の友達がいるんですとか話しながら、ホテルに電話をした。
「おー!竹内、良かったいてくれて。今俺ミュージシャンの爽さんのマネージャーしてるって言ったじゃん、今ライブ終わってさ。後泊したいから爽さんが二泊できそうな部屋ある?」
安藤くんがこっちを向いて言った。
「爽さん、オーシャンビューがいいですよね?」
「ああ、じゃあそうしてもらおうかな。あ、ベッドは広いのがいい」
僕は何を言ってるんだろう。一伽が来る訳がないのに。それでもこの街にいて彼女の感触を忘れないうちに曲を書きたかった。
「今空いてる部屋が結構いい部屋なんですけど、連泊割引できるみたいだし、どうせ爽さん曲作るんでしょう?いい部屋にしましょう、半分経費で落とします!」
安藤くんは笑って言った。
「めちゃくちゃ海の風景がきれいみたいだから、満喫してください!フロントに僕の友達の竹内ってのがいますんで!」
そう言って安藤くんはタクシーのドアから離れ僕を見送った。
キャリーバッグには最低限の着替えと、小さな鍵盤を入れている。ノートパソコンはさすがに手持ちのバッグに入れているけれど。
多分連絡したって彼女は来ないけれど、チェックインしたら、ホテルと部屋番号を一伽にメッセしよう。
ホテルに着き、受付に向かった。こんな遅い時間だから誰もいない。
遠目で見ると、男性と女性の二人が受付にいた。
男性が竹内さんかな。
広いロビーを進んで、僕は受付の女性を見てまばたきが出来なかった。
「一伽……」
ホテルのフロントにいた人は、一伽、その人だった。
一伽も僕を見て凍ったように表情を失くしている。受付のカウンターに着いてしまった。目の前にホテルの制服を着た一伽がいる。
「見城爽さま、お待ちしておりました」
ソフトなオールバックにした男性がにこやかに僕に挨拶をした。名札にも”Takeuchi"と書いてある、竹内くんは彼で間違いない。
「ああ、安藤さんが竹内さんとご友人だと伺って。無理を言ってすみません」
「いいえ、市街地から少し離れたこのホテルを選んでいただいて光栄です」
宿泊者カードに記入すると、
「竹内さん、ちょっと」
と裏からスタッフが出てきた竹内さんに声を掛けた。
「岡野さん、すみません、見城さまのご案内お願いします」
竹内さんが一伽に申し訳なさそうに依頼して行ってしまった。明らかに彼女は目が泳いでいて、僕を居室に案内するとは思っていなかった様子だった。
それでも一伽は深く息を吸って言った。
「ご案内いたします。お荷物をどうぞ」
受付には僕と一伽しかいない。
「いいよ、自分で運ぶから」
エレベータに乗り込み、十七階のボタンを彼女が押した。エレベータの重たい扉が閉まる。
「ここで働いてたんだ」
「はい」
「マネージャーが竹内さんと知り合いで、頼んでくれたんだよ、風景のいい場所で曲を書きたいって言ったから」
「そうでございましたか」
一伽の背中が見える。今すぐに抱きしめたいけれど、きっとこういうホテルには防犯カメラが至る所にあるだろう。彼女の仕事を奪うわけにはいかない。
「ライブ、見てくれてありがとう。あの曲、聴いてくれた?」
「……はい」
「どうだったかな?一伽が聴いてくれると思って、入れてみたんだ」
「……素晴らしかったです……」
「良かった、聴いてもらえて」
一伽が仕事中だからというのは理解しているのに、やっぱり僕は彼女に触れたくてたまらない。
ポーン、とエレベータが十七階に着いたと知らせる。
ドアを開け先に降りるように促す一伽の手に、少しだけ触れてエレベータを降りた。
「こちらになります」
広いホテルだ。客室までの道のりも長い。
「朝まで仕事なの?」
「はい」
「その後は?」
「帰ります。家事があるので……お部屋はこちらになります。居室内のご説明を……」
ドアを開けた一伽の後に部屋に入った僕はドアと鍵を閉めた。
「お客様、困ります、ドアは開けておいていただかないと!」
「一伽……」
制服姿の彼女を抱きしめた。ライブの後はアドレナリンが過剰に出てずっと興奮状態になることも多い。僕もきっとそんな状態だった。自制が利かない。
「爽さんダメ、戻らないと……」
「明日仕事上がったらこの部屋に来るって言うなら放してあげる。子供は学校だろ?」
最低だ。母親の彼女に、子供をほったらかしにしてでも僕の所に来いと言っている。ごめんよ。だけど、僕も必死なんだ。
僕はお構いなしに一伽に口づけた。
唇を触れ合わせてしばらくすると、彼女は抵抗を止めた。
そう、飲んでるから気持ちいいわけじゃなかったんだ。多分、元々僕らは……。
昨日と同じように僕らはキスに溺れていく。
力の抜けた一伽をベッドに縫い留めて、僕はまた深くキスをした。
プルルルーー、プルルルーー
彼女が持っているPHSが鳴った。
僕たちは我に返って時計を見た。二十分は経っていたんじゃないだろうか。
「はい、もしもし。はい、金庫の動作の不具合がありまして。リセットして確認をしていました。もうすぐご説明も終わるので、戻ります。はい……」
電話を切った一伽に僕は言った。
「そんな顔のまま戻るつもり?ダメだよ、顔戻して」
僕が頬を撫でると一伽は顔を赤らめた。あんなキスをするくせに恥ずかしがるなんてズルいな。
「……ご説明は宜しいですか?」
「うん。わからなかったらフロントに掛けるよ。僕は明後日の昼までここにいるから、いつでもいいから来て」
大きく一伽の瞳が揺れた。
「……僕がフィリップ・ヤンじゃないって教えてあげる」
多分フィリップに遊ばれたのは彼女自身だ。ミュージシャンなら音楽の話を理解してくれる女の子がいいに決まってる。弄ぶにしても。本気なら尚更だ。
ハッと目を覚ましたように彼女は堅い声で言った。
「……失礼いたします。ごゆっくりお過ごしくださいませ」
「待ってるから」
一伽は踵を返すと、返事をせずに僕の手を振り解いて部屋を出ていった。
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