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01 会社にて
今までの人生で「鷹也って、案外自分を持ってないよね」とか、「何を考えているのか言ってくれないと分からないよ」と言われたことは、何度もあった。
午前中の事務仕事を終えた瞬間、不意に、そんな声が頭を過った。
そう言われても、自分ではいつも通り普通にしているだけだ。
それで自分がないのなら、自分とはなんだろうか。
鷹也なりに出来ることはいつもやってきたつもりだ。
大事にして、大事にされていると思ったし、相手のことを優先するように努めてきた。
それでも、大抵、鷹也は悪者になる。
女友達には「女心が分かっていない」となじられ、男友達には「お前は本当に不器用だな」と笑われ。
そういう意味で、人付き合いは苦手なのかもしれない。
馬鹿げた思い出を追い払うように立ち上がる。
「ちょっとコーヒー買ってきます」
「はーい」
近くのデスクの先輩が手を止めることなく返事をくれた。
鷹也はため息を飲み込んで、自動販売機に向かう。
エレベーターホールの前にある自動販売機では、先客がいた。
「鈴木先輩、お疲れ様です」
後ろから声をかける。
驚いたように振り向いた先輩だったが、鷹也を見て笑顔になった。
「千代田じゃん。お疲れ」
「珍しいですね。鈴木先輩、今日は内勤ですか?」
「おう。明日デカい会議があるから、書類作成の手伝いしてたんだよ。一日社内とかほとんどないからしんどいわ」
はは、と快活な声をあげて笑う。
彼、鈴木隼は二十八歳になったばかりの先輩で、地方支社から腕を買われて本社営業部に異動になったような辣腕営業員だ。
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