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大股で駆けよってくる男を怯えた様子でただ見つめている。
鷹也は舌打ちして、人垣から飛び出した。
丁度男の真横に出たので、そのまま蹴りつける。
思いもよらない方向からの攻撃に男は勢いよく転んだ。
「けんかはやめなさい!」
警官の声が響いた。誰かが交番に駆け込んだのだろう。
男たちも我に返ったように、そちらを振り向く。
「こっちに」
鷹也はまだ凍り付いていた伊藤瞳の腕を掴むと、無理矢理声の方向とは真逆に走り出した。
繁華街を駆け抜けて、公園に駆け込む。
そこで手を離すと、お互い完全に息が上がっていた。
息を整える長い間の後に、伊藤瞳が鷹也を見た。
眼差しには戸惑いが透けて見えた。
「──……あの……」
「すみません、いきなり。その、警察が来たみたいだったから」
「いえ……」
彼女は小さく首を振った。
「ありがとうございます」
ふわりと笑った彼女に、鷹也は内心で安堵した。
彼女はどうやら、鷹也を覚えていないようだった。
それなら、わざわざ思い出させる必要はないだろう。
経過を観察するだけなら、気付かれていない方が都合がいい。
「あの女の子の怪我、よく気が付きましたね」
「え、あ、ああ」
公園に他に人気はなかった。
鷹也よりも明らかに息の上がっている伊藤瞳は、そのまま地面に座り込んだ。
「腕っぷしとかは全くなんですけど、怪我してる人とか見てると、ほっとけなくて」
「いいですけど、あんまり無理しちゃだめですよ」
「すみません」
──この人はいたるとことで能力を使う、自分の職務として許してはならない存在だ。力を有効利用しているとしても……。
人の好い、見ていてほっとするような穏やかな笑顔に、鷹也は意識してそう心の中で繰り返していた。
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