4人が本棚に入れています
本棚に追加
プロローグ
通勤通学ラッシュの駅は、前を見ているようで見ていない人々が行きかっている。
彼も人の流れに乗って、ようやく慣れてきたスーツでホームに向かう階段を上っていた。
「あっ」
その声は、雑踏をかき分けて彼の耳に届いた。
女性と少女のあわいくらいの、澄んだ声。
その声とともに、目の前の雑踏がパッと開けた。
(――……はっ?)
まずは影だった。
影が降ってくる、それが直感だった。
少女だ。
華奢な、ワンピース姿の少女がこちらに背を向けて落ちてくる。
細い体のラインが、ワンピースの中にうっすらと透けている。
咄嗟に彼は腕を広げた。
どすん、と体に衝撃を受け、なんとか踏みとどまる。
広げた腕の中に、小柄な少女がおさまっていた。
大学生くらいの年頃に見えた。
まだ成人はしていないだろう。
どことなく頬のラインがあどけない。
「あっぶね……」
後ろ向きに飛び込んできていた彼女の肩を、そっと押し返す。
「大丈夫……?」
彼が恐る恐る声をかけると、少女はまだ状況を飲み込めていないのか、どこか呆然としている。
「怪我は?」
「えっ」
目の前にある彼の顔を見て、そして、彼女は振り向いた。
そこは、駅のコンコースに向かう階段の中ほどで、まだ十数段、階段は残っている。
さぁっと彼女の顔の血の気が引いていく。
最初のコメントを投稿しよう!