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 五嶋(いつしま)陽光(あきひろ)にとっては子供の頃から数え切れないほど上り続けた坂道だった。 今までにこんなに雪が積もったことがあっただろうか?と、陽光はざっと振り返ってみる。  長靴を履いた脚はふくらはぎ半ばまですっかりと(うず)もれている。 夜になり凍った雪の冷たさは分厚いゴムをも易やすと通り抜けてくる。 正直、痛いくらいだった。 もしかしたら大雪が降り積もった冬もあったのかも知れない――。 優に十数年以上はまともに歩いてこなかったことを思い出し、陽光は独り苦笑した。  坂をすっかりと上り切った、開けた高台が陽光の目的地だった。 この温泉街で一番の老舗旅館である『銀柊荘(ぎんしゅうそう)』だった。 初代が何処ぞの大富豪の別邸だった日本家屋を移築したのだと、そのひ孫の口から直じきに聞いた。
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