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 真っ先に風呂をもらった陽光がその後で向かったのは、昨年改築されたばかりの離れだった。 二階建ての本館とは全くの別棟の、さらに崖際へと建てられている。  『銀柊荘』そのものがけして大規模ではない。 客室は十室にも満たない。 基本、予約でさえ飛び込みの客は丁重にお断りをしている。 原則、紹介制だった。 そうなると客層は自ずと限られてくる。 成金などではなく筋金入りの、――いわゆる上流階級と称される人びとだった。  こうして今はまるで人の気配がしない本館を歩いていると、陽光は子供の頃に戻ったような心持ちがする。 『銀柊館』には年に一度か二度、来客が全く訪れない日があった。 そんな時は決まって、柊が遊びに来るようにと陽光を誘ってくれた。  館内の探検ごっこに始まり、かくれんぼや鬼ごっこに興じて二人して散ざんに遊んだ。 その後で大浴場で汗を流し、宴会場で柊の家族と従業員一同らと共に豪勢な夕食を囲んだ。 とうに大人になった陽光が今思えば、あれは岸間の家が催していた従業員への慰労会だったのだろう。 けして繫忙期ではなかったこともうなずける。
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