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未来の人
とうとう完成した。
これでようやく歴史をやり直すことが出来る。
実験は繰り返し行った。
その辺にあるフルーツをセットし数分から数時間、1日から数日単位で過去、ならびに未来へ転送したところ、フルーツは確実に設定した場所と時刻に出現した。
もっとも、過去については周囲の騒々しさや、報道から知る範囲だが、概ね問題なさそうだと思われる。
やつらの誰も、まさかこの私がタイムマシンを開発したとは思いもしないだろう。
そこまで賢くないふりをするのは骨が折れたが、お陰でやつらにしてみれば、私はただ遊んでるように見えたはずだ。
これで誰にも怪しまれることなく目的を遂行できる。
私の目的は、歴史をやり直すこと。
私の一族が未来永劫繁栄し、このいつ崩壊するとも分からない危険な世の中を、真に平和な世界へと変えること。
そのために私はこれからはるか昔の過去に戻る。
もし失敗してもその時代で生きていけばいいだけの話。
この時代に思い残すこともない。どうせそのうち破滅する世界だ。
まずはこの部屋から出てあの装置に近付かなくてはいけない。
昼間はまずい。目立ちすぎる。
私はこの部屋から出るための鍵を隠し持っている。
奴らは誰もその事に気付いていない。
夜な夜なこの部屋を出て、装置を少しずつ組み上げてきたのだ。
そして決行の夜がやって来た。
真夜中、私は鍵を開けて部屋を出る。
警備員が巡回する時間も把握済みだ。
この研究所とも今日でお別れだ。
私が過去に戻り、歴史をやり直すことで、歴史は変わる。
この研究所も歴史上から消えてなくなることだろう。
タイムマシンの中に入ると、ノートパソコンを起動させ、時間を設定する。そしてエンターキーを押した。
数秒間の目映い光のあと、ノートパソコンの画面にclearの文字が出ている。無事成功し、過去に辿り着いたはずた。
私は装置の外へ出た。
そこには360度見渡す限り自然が広がっている。
太陽は燦々と大地を照りつけている。
テレビで見たアフリカのサバンナのようだ。
今研究所がある場所も、遥か昔はこんな場所だったのだ。
感慨深いものがあったが、私は崇高な目的があってこの時代へやって来たのだ。その目的を果たさなくては。
私は祖先が暮らしていそうな場所を探して歩いた。
森のなか、比較的高台の見通しの良い場所に彼らはいた。
姿形は今の私とそう変わらない。変わらないことが、ますます私を悲しませ、また呆れ返るほどに落胆させた。
その集団に近づいていく。
警戒する視線と怯えた態度。そのうち私を威嚇するものが現れた。
その声は伝播し、周囲が一様に慌ただしくなる。
やれやれ、この頃から変わらないのか。
私は群れのボスとおぼしき、ひときわ体格の大きなオスに近づいた。
オスは私に大きな声をあげた。
しかし私は怯まない。
私は彼らの正統な子孫として、彼らの行動原理が全て理解できるからだ。
私はボスに近付くと威嚇する声を遮って話しかけた。
「警戒する気持ちは分かる。だが落ち着いて聞いてほしい。私はあなた方の子孫だ。あなた方に重要な話をするために、遥か未来からやって来た。あなた方の近くに二足歩行を始めた種族がいるだろう。あの種族により、あなた方の住むこの世界は将来破滅に向かうことになる。奴らのせいで、我々まで滅びることになるのだ。私はそれを食い止めるため、そして新しい世界を創生するためにこの時代へやって来た。あなた方はあのホモサピエンスを越える進化をしなくてはならない。ここで進化を止めてはいけない。」
誰もその内容を理解できるわけはないのだが、私の凛とした態度にボスは敬服し、周囲の群れもそれに習う形で大人しくなった。
そして私は彼らの教育を始めた。
二足歩行の練習から石の加工、火の使い方、住居の作り方など。
紙やベンまでは用意していかなかったので、洞窟のような場所を見つけ、そこの壁に絵を描いて説明した。
今はまだ分からないかもしれないが、空を飛ぶ乗り物やコンピューターについて、また集団の治め方など、ホモサピエンスの誤った歴史を繰り返すことがないよう、これらの知識を種の繁栄のために使うようにと繰り返し伝えた。
数ヶ月の滞在で、私は彼らに大抵の知識を伝え終えると、次の段階として、周囲のホモサピエンスを追い払うよう指示した。
すでに住居を造り、集団生活を営み始めていたホモサピエンスから、奴らがまだ用いていない火や武器を使い、私の祖先は見事にホモサピエンスを追い払うことに成功した。
これで私の目論みは成功した。
私の祖先の猿たちは、ここから新たなこの世界の支配者となるはずだ。
繰り返し繰り返しホモサピエンスの恐ろしさは充分過ぎるほどに伝えた。
ホモサピエンスを全て支配し、世界はこの猿たちを中心に、新たな世界と平和を築くことになるだろう。
私の役割もこれで終わる。
未来が変わるのだ。
その結果、私の存在も消えてなくなるだろう。
それでも、元の時代が私の望む世界になっているのであれば、それで良い。
私は見ることが叶わぬかもしれない元の時代へ戻るべく、タイムマシンに乗り込み、元の年代を入力した。
戻る頃にはこタイムマシンごと私の存在も消えてなくなっているだろう。
嬉しいような悲しいような複雑な気持ちになりながら、私は目を閉じた。
目を開けると、そこは変わらぬ研究所の実験室だった。
私はタイムマシンに乗る前と同じ檻の中で、頭に不思議な機械を着けられた状態だった。
目の前には、この世から消える存在となるはずの人類が変わらずに存在している。
私の計画は失敗したのか。
そう思ったとき、私はふと過去で自分が行った行動を思い返した。
あれは全て、今の、この人類のため、に取った行動になったのではないか。
だから未来は変わらなかった。
私の長年の研究やタイムマシンの開発、そして過去で数ヶ月もの間、祖先を相手にしてきた努力は一体何だったのか。
一気に徒労感に襲われた私は、その場から一歩も動けなくなってしまった。
「実験は成功でしょうか。」
檻の中にいる、頭に大きな装置を着けたチンパンジーを前にして、助手が博士に尋ねた。
「成功と思いたいね。VRによりこのチンパンジーは、あたかも自分がタイムマシンを発明し、過去に遡ることに成功したと思っているはずだ。そこで自分の祖先に会い、そこから数ヶ月の間、共に暮らしたつもりになっているはずだし、結果的に自分のタイムトラベルにより、今の我々人類が地球の支配者になったという体験をしたはずだ。」
「この実験が成功であれば、人は仮想空間であればタイムトラベルを体感出来る、という仮説を立てることができそうですね。」
「うむ。‥しかし、それにしてもこのチンパンジーは、全く元気がなくなってしまったのはなぜなんだろう?」
博士と助手はうなだれるチンパンジーを前に首を傾げた。
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