真夜中のシンドバッド

1/1
前へ
/1ページ
次へ

真夜中のシンドバッド

「今何時?そうね大体ね~」 帰って来た。シンドバッドパパだ。 先の大通りを曲がると静かな住宅街。その一番奥に我が家はひっそり建っている。 夜は一層辺りが静まり、薄明かるい街灯が住宅街を守ってくれている。 その静寂を打ち破るが如く 「今何時?そうね大体ね~~!」 「わぉ~ん!わん!わん!」 二軒隣の柴犬ゴン太がいつもパパの歌に合わせ合唱する。 息の合ったパパとゴン太の真夜中の習わしだ。 パパは酔うと必ずサザンの勝手にシンドバッドを歌いながら帰って来る。しかも、決まって近所中寝静まった真夜中にだ。 「今日はオンライン前の最後の飲み会だ。」 朝、パパがそう言って会社に出掛けた。 勇太が「また、真夜中のシンドバッドかな?」「たぶんゴン太と合唱だね。」私も半ば呆れながら答える。 今まで「近所迷惑だから真夜中に勝手にシンドバッドを歌いながら帰って来ないで。」と何度もパパにお願いしたが「俺、勝手にシンドバッド歌いながら帰った覚えないぞ。」と本当に本人に記憶が無いらしい。 夜、勇太と夕飯を食べ終え、テレビを見て、時計を見ると10時を過ぎていた。 「僕、そろそろ寝る。お休みなさい。」 そう言って勇太が2階の自分の部屋に入って行った。 シンドバッドパパはいつも2時頃帰宅する。 玄関と勝手口の鍵掛けてないな。と思いながらテーブルに突っ伏したまま寝込んでしまった。 「ギシッギシッ。」 何の音?足音?どれ位時間がたっただろうか。寝違えで首が回らないので薄目を開けて見るとフローリングに大きな靴の足跡が着いている。たぶん大柄な男の足跡だ。 泥棒か?強盗か?部屋を物色中か?刃物を持っているだろうか?あの引出しの現金、カードは見つかってしまっただろうか?私は脳ミソをフル回転させる。寝たふりをして、この姿勢をキープしよう。そう決意したとたん、 「ギシッギシッ。」足音がこちらに近づいてきた。万事休す!100㍍走を走った後の心臓がドキッドキッ聞こえる位高鳴る。脇の汗が伝い、顔も火照って来る。神様!助けて! 「おい!金を出せ!」 ゴツゴツした大きな手が私の髪をわしづかみにした。 「今何時?そうね大体ね~~!!」 「わぉ~ん。わんわん!!」 最後の飲み会でしこたま飲み、いつもの倍以上大きな声のシンドバッドパパとゴン太の合唱が聞こえた。 助かった!!ゴツゴツした大きな手から解き放たれ、私の全身は脱力し床にへなへな倒れ込んだ。勝手に両目から涙が流れ落ちた。 「何だ!大声で歌いやがって!しかもこっちに来やがるのか!」 大柄の大きな靴を履いた男は何も持たずに勝手口から出て行った。 「ただいま!!今何時?2時到着~!ママ玄関空いてたぞ。年末は物騒だから鍵閉めろよ。」 鼻歌混じりのシンドバッドパパの後姿を鼻水と涙でぐしゃぐしゃの私は茫然と眺めながら「助かった。ありがとうね~」と震える小声で口ずさんだ。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加