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近年、稀に見る爆発的なインフルエンザウイルスの感染。
病院に溢れかえる患者。そして、蔓延るウイルスは猛威を奮い続け、入院患者で溢れかえる事で病院は機能不全に陥る寸前。
これに伴い、注目を集めたのが。
「オンライン診察」
オンラインの回線を利用して病院に行かずとも、ある程度の診療をしてもらえるシステム。病院代金はクレジットや電子マネーを利用して払い、接触は一切ない。
医者もオンラインであるため、患者との接触もなく、病気が移る心配もない。
そして、このオンライン診察を受けようとしているのが、自分だ。
朝から酷い熱と重度の倦怠感。立つのもやっとで、目の前がぼやける。
これはヤバイ、と思って救急車を呼んだら「今どこも病院は一杯でむりなんです」と簡単にあしらわれる。
近寄ってくる死の気配。藁にも縋る思いでオンライン診察を受ける。
診察を受ければどれだけ重度なのかわかる筈。そして、あわよくば入院できるかもしれない、という考えから受付をする。
何か、見慣れないホームページからの病院だが……まぁ、大丈夫だろう。
ボロボロの体を起こし、なんとかこたつの上にノートパソコンを起動させ、ライブカメラを起動。これでもかと言う厚着をして診察の順番を待つ。
しばらくおまちください、という画面が何時まで経っても変わらない。イライラから直ぐに切ってしまいそうな衝動に駆られたが、我慢だ。
それから十分後、パソコンの画面が唐突に切り替わる。
画面には病院の診察室らしき背景と、目の前に白衣を着た女医がいた。
肩まで伸びた茶髪に、つぶらな瞳。細く、しなやかな首と白衣からチラリとのぞかせる鎖骨。モニター越しに映る女医は非常に若く、リモートに慣れてないのか、落ち着かない様子でこちらを見ていた。
なんて、ラッキーなんだ。こんな若くてきれいな女性に見てもらえるなんて!
この瞬間だけは、病気に感謝してしまう。
「えっと……あの、映ってますか?」
おーい、と不安そうにこっちを見て手を振る女医。
それを見て自分も手を振る。
「大丈夫です、映ってますよー」
「あー! 良かった。どうも元気そうなんで、これで診療終わりますね」
「ちょっと待ったぁ! まだ始まっても無いんですけど!」
モニターに食らいつく。何言ってるんだこの女医!
「あ、やっぱりダメですか?」
「当たり前でしょ! ちゃんと見てくださいよ!」
大声を出したせいで、咳がひどくなる。ふらりと立ち眩みもする。
よろける自分を見て、モニターの女医の顔が大きくなる。
「だ、大丈夫ですか!」
「あんまり大丈夫じゃないです……」
「そんな、早く病院に行った方がいいですよ!」
「だから来てるんでしょ!」
この女医は喧嘩売ってるのか?
白衣についている名札を確認すると「八武」と書いてある。
「はち……たけ?」
自信の無い感じで言葉を口にすると、女医も自分の名前を言われたのが分かったのか、あたふたする。
「あ、私はちたけ、ではありません。八武と書いて「やぶ」と言います」
「やぶ……ですか」
「し、心配しないでください! 仲間からはやぶちゃんって言われてて、医者の腕も名前と同じだねって言ってくれるんです」
「それ仲間誉めてないからね? 絶対」
なんだよそれ、縁起の悪い名前だなって思ったら本当に縁起悪いのかよ。
いや、でも流石に流行中のインフルエンザと、この明らかに体調の悪い自分を見たらどんなヤブであろうと見抜ける筈……!
「では、診察を始めますので、お名前をどうぞ」
「薬師寺四季です」
「やくしじ……さんっと」
八武さんは持っているカルテに自分の名前を記入する。
こうやって話している限りは普通に可愛い女性なのに。
「本日は見た感じ……肥満でのご相談でしょうか?」
「は?」
信じられない言葉を耳にする。
これが冗談じゃなく、真剣に聞いてる風なので質が悪い。
「何をどう見たらそう見えるの?」
「そのような厚着をしてるってことは、痩せるために汗をかいているって思って」
「寒くて震えてるんだよ! 熱だってあるんだから!」
「こ、これは失礼しました! じゃあ熱を測りますね」
「測りますね?」
女医はモニターから一度離れて、横にある戸棚から何かを取り出す。
それは電子体温計だった。それを無造作に自分の脇に挟み、一分もすると計測が終わった電子音がモニター越しに響く。
それを取り出し、女医はにっこり笑って。
「36,5度。薬師寺さん、平熱ですよ」
「それはアンタの体温だろ! 俺の体温を測ってくれよ!」
「薬師寺さん、モニター越しに体温測るなんてできませんよ? バカにしてません?」
「それは明らかにこっちのセリフだ! だったら、そっちで体温測ってくれって言えば良いだけの話だろ!」
自分の提案に、驚き、なるほど、と言わんばかりに手を叩く。
ダメだ、この医者。マジでヤブかもしれない。
とりあえず怒りを抑えて体温を測る。ピピピ、という電子音が聞こえて取り出すと、そこに表示されている体温は「41度」朝よりも上がってる……マジでヤバイぞ。
41度と表示されている体温計をモニター越しに八武さんに見せる。
「ほら、おれの体温だ……はやく診察してくれ」
「薬師寺さん、つかぬ事をお聞きしますが」
「なんだよ?」
「もしかして、薬師寺さんの体温の平熱が40度と言う事は考えられませんか?」
「それを本気で言ってるなら医者やめた方が良いと思うぞ。平熱は36,5度に決まってるだろ! 熱があるんだよ!」
自分の気迫に気圧され、八武さんはびくびくしながらカルテに記入していく。
くっそ、怒鳴りすぎて眩暈がする。直ぐにでもモニターを切りたい。けど、このままだと薬がもらえない。それに、この女医が診察して重症となれば入院の手配などをしてもらえるかもしれない。
「では、次に問診の方に移りたいと思います」
「問診? ああ、何時頃体調が悪くなったとかそういう奴ね」
「はい、その通りです。では薬師寺さん、体調はどんな感じですか?」
「実は、朝から倦怠感が酷く凄くて、もう、直ぐにでも、一刻も早く薬を出して欲しいぐらいですね」
ほ、ほほぅ! と何やら瞬きを何度もしながらカルテに記載していく八武さん。
それから、むむ、と唸るような声を出してカルテを見つめる。
なんだ? 今の問診で何かわるい所が見つかったのか?
「薬師寺さん……非常に言いずらいのですが」
今までにない緊張した面持ちの八武さん。まさか、何か悪い病気の兆候が見られたのか?
「はい、何でしょうか?」
向こうの緊張が伝わってきて、思わず自分の喉が鳴る。
「私、マクドナルドしか利用したことないので、モスバーガーの事はちょっとわからないです、ごめんなさい」
「お前、今何て言った?」
申し訳なさそうに謝る八武だが、こっちは意味不明過ぎて困惑してる。
なんで急にハンバーガーの話が出てくるんだよ!
「なんでいきなりハンバーガーの話してるんだよ!」
「え? だって薬師寺さんが急に振ってくるから」
「何処で自分がハンバーガー食べたいみたいな話になったんだよ」
「さっき仰ってたじゃないですか」
「さっき?」
問診の話だよな?
あの時は『朝から倦怠感が酷く凄くて、もう、直ぐにでも、一刻も早く薬を出して欲しい』って言っただけだが?
「薬師寺さんは『朝からケンタッキーが人凄くて、モスにでも行くと早くクリスピー出して欲しい』って言ってましたよね?」
「どういう耳してるんだよ! だれが問診中にそんな話するんだよ!」
「え? 薬師寺さんですが」
「言わねぇって話してるんだよ!」
あー、クソ。なんてついてないんだ。
頭の血管が切れそうなぐらい辛い。早く終わらせてほしい。
「なぁ、アンタ以外の医者はいないのか?」
「スミマセン、今は出払っていないんです。でも、大丈夫です! 私がしっかりと薬師寺さんの診察をしますので」
「不安で仕方ないから交代をお願いしたいんだけど」
「わかります、病気で独り身……不安ですよね」
「アンタの診察が不安だって言ってるんだよ!」
何で独り身心配されなきゃならんのだ。
この人顔が良くなかったら即座にパソコンの電源消して寝てるぞ。
「アンタで良いから、さっさと診察してくれ」
「分かりました、ではお口をあーん、とお開けください」
言われた通りモニターを前に大きく口を開ける。すると、女医はふむふむ、と何やら納得したような相槌を打つのが聞こえる。
「はい、薬師寺さんもう良いですよ」
「ふう……で、どうですか? やっぱり喉が腫れてますか?」
「そうですね、奥歯と、手前に二本虫歯がありますね」
「何処見てるんだよ! 今、見るのそこじゃないよね!」
「でも、今は治療の必要のない虫歯なので、良かったですね」
「良くないから! ちゃんと見てくれよ!」
何でこの人虫歯とか見てるの?
熱があるのに喉を見ろよ。
「薬師寺さん、とりあえず一通り診察の方は終わりましたので、お薬の方をこちらで出しときますね」
「あー、やっとですか。助かります」
薬という単語を聞いてようやく一息ついた。
入院にはならなかったが、薬を受け取れるのは大きい。
「では薬の説明をさせていただきますね」
「あー、お願いします」
「こちらから出すお薬は、北海道苫小牧の自然が生んだ、とても新鮮で優しいお薬となっております。生産者さんは小梅 武夫さん御歳80歳を超えるベテランさんで、一つ一つ手作業でやっていただいてます」
「それは本当にお薬なんだよね?」
「実際にアンケート取りまして、小梅さんのお薬が効いたと答えた人は30%、効かなかったが40%で、そもそも必要無かったが30%という割合になっております」
「致命的だよね! その70%! 要らないよ? そんなお薬」
「3割しか効かなかったと思うか、3割も効いたと思うかは薬師寺さん次第です」
「どう考えても3割しかだろ! そんな不良品のませようとするなよ!」
気付けば、全速力で走ったように息を荒げていた。
ツッコミが多すぎて追いつけない。
「薬師寺さんのお気に召されませんでした?」
「お気に召す、筈がない。普通の風邪薬とか解熱剤をくれ」
「わかりました、それでは名残り惜しいですが、普通の薬を用意させていただきますね」
「それでいいんだよ」
一時はどうなるかと思ったが、何とか一安心だ。
やっとこれで安心して寝られる。
診察も終わり、ノートパソコンを閉じて深い眠りについた。
翌日、死にそうだった体はなんとか安定を取り戻す。
そして昼頃に、呼び鈴がなるので行くと、そこには大きな発砲スチロールの箱を手にした配達員が現れる。
「郵便でーす。ここにハンコと代金お願いしまーす」
「はいはい」
郵便屋に言われて、伝票にハンコを押す。代金は思いのほか高い。それだけすると郵便店員はささっと波を打つように去っていった。
手にした発泡スチロールの箱の蓋を崩し、それを見る。
そこから現れたのは「激やせ! ダイエット食品サプリ!」というものであった。
「あの女ー! 最初から最後まで全然だめじゃねぇか!」
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