富士断ち

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「──もし。商人の方ですかな?」 約束の時間になると、商人は声をかけられた。 見ればその男は小袖(こそで)(はかま)と、武士の()()ちはしている。だが白髪が目立つほど年老いており、羽織もなく、どこにも家紋さえ見当たらず、どうにもぱっとしない。 商人は、一杯食わされたかな、と腹を括った。 「へぇ。そちらさんが文を下さった……えーと、柳之助(やなぎのすけ)さん、ですかい?」 「(しか)り。いや、遠方より呼びつけて苦労を掛けたな。どうしても(くだん)の逸品というものをひと目見ておきたかったのだ」 随分と(こだわ)るものだな、と勘づいた商人は、男が差している太刀へと目を配った。 ──なるほど、と納得がいく。 格好こそみずぼらしく思えたが、太刀は抜かれずともわかるほどの名刀である。 本来であれば、所謂(いわゆる)「名刀」の名がわかりさえすれば、それを差しているこの男の名さえ特定できるものだ。 だが商人にそこまでの学はなく、ただ兎に角、この男が見かけによらず大層なお方(・・・・・)であり、太刀への関心が深いのだということは理解できた。
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