4人が本棚に入れています
本棚に追加
「亡くなったって……いつ?」
「三年前です」
母が体調を崩したのは、私が大学を卒業して無事就職したばかりのころだ。精密検査の結果、肺がんであると判明してからはあっという間だった。
「だから、私にはこのお金はもう必要ありません」
封筒を突き返して、私は一言付け加えた。
「あの人に何かあっても連絡は要りませんから」
「でも……」
「こんな田舎で前妻との娘が葬式に参列したら噂話の格好のネタじゃありません?」
「あ……っ」
ようやく気がついたらしい。昌美さんと敬一郎さんは顔を見合わせる。親子そろってお人好しもいいところだ。
都会は隣の家の葬式だって知らん顔。田舎はろくな付き合いもなかったくせに白々しく「お悔やみを」なんて挨拶しに来るから性質が悪い。
「母のことは内緒にしておいてください。今のあの人にはショックだろうから」
昌美さんは小さく、何度も頷いた。
「それじゃ、最後にもう一度だけ顔を見て帰ります」
「つかささん……」
敬一郎さんはそれ以上何も言わなかったけれど、代わりに私と父を二人だけにしてくれた。
「つ、かさ……」
眠っているかと思っていたら、父はうっすら目を開けて私を見上げている。
「昌美さんも敬一郎さんも優しい人でよかったね」
悔しいけれど、私も悔いを残したくない。私が父の訪問を決めたのだって、母が生きていたら文句を言いながらでも父の顔を見に来ると思ったからだ。
「最後まで頑張ってね……お父さん」
父の目が潤んで見えた。
結局。私は敬一郎さんの軽トラで同じ駅へと送ってもらうことになった。
「つかささんは必要ないって言ったけど、やっぱり連絡は入れますよ」
運転する敬一郎さんは視線をそのままに話しはじめた。
「やっぱり近所の噂なんて関係ないし。江波さんが喜ぶことをして送りたいんです」
「それなら敬一郎さんもちゃんとお父さんって呼んであげてください」
思わぬ反撃に彼はようやく私の顔を見た。
父の足跡が残る場所。私がまたそれをなぞることがあるとすれば、家族をつなぐ場所へと続いていくにちがいない。
終
最初のコメントを投稿しよう!