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軽トラックからクマみたいにがっちりした大男が降りてきた。ニット帽を被ったヤッケ姿の男は私の前にまわり込む。
「あのっ、もしかして笹嶋つかさ、さん?」
「そうですけど、何か?」
男は私を頭から爪先まで観察している。
「つかさっていうからてっきり男とばかり……お母様は?」
「母は都合がつかなかったので辞退させていただくことにしました」
たしかに名前だけだと男性と間違えられることが多い。
「手紙をくれた江波敬一郎さんですか?」
「はい」
「よく私の住所がわかりましたね」
父の親戚とも疎遠になっていたから、私の現住所を知っている人間は限られている。
「江波さんが、引っ越し後のあなたたちの住所を知っていて。そこから方々問い合わせたんです」
個人情報の保護はずいぶん軽く見られたものだ。
「えーと……と、とにかく自宅へ案内します」
敬一郎さんは軽トラックに乗るよう私に促した。
「あの人は入院していないんですか?」
「江波さん、一度は入院したんですが、結局退院しちゃったんです。最期は家で過ごしたいからって」
余命宣告を受けるほどの重病なのは本当のようだ。だからといって「最期のお願い」なんて虫が良すぎる。
「車でどれくらいかかりますか?」
「五分もかかりませんよ。歩ける距離ですけど、目印らしい標識や建物もないから迎えに来ました」
やはり地元の人間でも何もないと思うほどの田舎なのだ。やむなく私は敬一郎さんの車に乗せてもらうことにした。
私が助手席に座るのを確認してから敬一郎さんは運転席に乗り込む。ミシッっと車全体が揺れた。
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