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見たところ、敬一郎さんは私より年上に見える。三十代くらいだろうか。
「江波さん」
反応がない。運転中に声をかけられるのは嫌なのだろうか。
「あの人は、どうしてここに移り住んだのか理由をご存知ですか?」
「えっ、ああ、すみません! 理由ですか?」
上の空だったのか。
「それも含めて江波さんから直接聞いてください」
「じゃあ、もう一つだけ。あの人はなんの病気なんですか?」
「……肺ガンです。最初は質の悪い夏風邪かと思っていたんですが、なかなかせきが抜けなくて、検査を受けたときには手術はできないと言われました。もう全身に転移しています」
退院できたのは、病院にいても手の施しようがないということだろう。
「よりにもよって肺ガン……」
両親の離婚前からあの人はヘビースモーカーで、母は昔からそれを嫌がっていた。
敬一郎さんは五分もかからないと言ったけれど実際は十分、踏切を渡り畑の畦道と舗装された道路を走る。その間も殺風景な畑が続く。
「この畑は何を作っているんですか?」
「ここらへんは全部イモですよ。知ってますかね、ほしいも用のイモなんで普通のサツマイモとはちがうんです」
ほしいも……茨城県の特産物と聞いたことがある程度だ。食べたことは一度もない。
「収穫し終わった畑ですからこの時期はな~んにもないんです。うちでも作ってるんですよ」
「農家の方なんですか?」
「いや、俺は会社勤めの傍ら」
そうこう話しているうちに住宅地に入った。電車からは民家らしきものが見えなかったけど、十軒前後のかたまりが点在している。
軽トラはその中の一軒の前で停車した。
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