僕はまだ燃えるような朝焼けを知らない

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カフェの小さなテーブルを挟んだ向かいに鎮座するあかりは、まるで別人のようだった。 僕の困惑をよそに、あかりはこぼれんばかりの生クリームとイチゴが載せられたパフェに向かって勢いよくロングスプーンを突っ込んだ。 大胆不敵にクリームをすくいだし、「あーん」と声を発してクリームを口の中に流し込む。唇は閉ざされ、喉元が小さく波打った。 「んー、最高っ!」 アニメチックなわざとらしい食べ方は、あかりのイメージとは真逆の姿だった。疑問符を浮かべつつ、僕はあかりにそれとなく尋ねる。 「ねえ、そんなに摂ると、走るタイムに響くんじゃない?」 けれど、あかりはまるで気にもとめていないようだ。 「えー、啓輔くんコーチみたい。スポーツばっかりが人生じゃないじゃん。あたしだって普通の女の子したいんだよ」 学校帰り、通学ルートを外れて小洒落た喫茶店に立ち寄った。あかりの方から誘ってきたのだけど、なぜ接点のない僕に声をかけてきたのか、その真意はいまだ闇の中だ。 僕らは高校二年でクラスメート。あかりは陸上部で、将来有望な中距離選手。凛としているけれど気さくな人気者で、誰もが彼女をファーストネームで呼ぶ。 かたや僕は美術部で、絵を描くのが好きな文化系人間。あかりとは一年生から同じクラスだけど、言葉を交わしたことすらほとんどない。 本来の彼女は、お洒落や色恋沙汰には無関心で陸上一筋だった。すらりと伸びた長い四肢は鋭く引き締まっていて、細身ながら力感に溢れている。 モデルにするならこんな健康美が最高だと、絵の心得がある僕にはそう見えていた。 けれども今日会った彼女のキャラは僕の記憶とはまるで違っていた。軽いノリでパフェを平らげるあかりは平凡な女子高生にしかすぎない。 もう、謎しかなかった。
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