僕はまだ燃えるような朝焼けを知らない

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★ 高校一年の冬季大会で、彼女はスーパースターになった。 クラスメートの話によれば、あかりは短距離走で通用する瞬発力はなかったし、かといって長距離走でわたりあえる持久力もなかったらしい。 けれど無酸素運動の辛苦をものともしない忍耐強を備えていたようで、中距離走だけはめっぽう強かった。 1500メートル走の選手に抜擢されると大幅にタイムを伸ばし、地方大会では圧倒的大差で優勝し、全国大会への切符を手にしてしまった。 だから、三学期の始業式直後はあかりの活躍の話題でもちきりだった。 「凄いじゃんあかり! まだ一年生だっていうのにさー」 「だけど、全国大会では強い人がいっぱいいたよ。もっと努力しないと『夢のオリンピック選手』にはなれないかな。うん」 「あかり、本気でオリンピック狙ってんの? マジすごい、今のうちにサインもらっとこ!」 けれど大会の後、彼女は怪我をした。学校帰り、自転車で勢い余って車道に飛び出し車にはねられたのだ。命に別条はなかったけれど、二週間ほど左足にギプスをはめ、松葉杖で登校していた。スター選手の怪我に皆、一時は騒然としていた。 「あはは、ちょっとだけ骨にヒビが入っちゃってさ。しばらくすれば治るよ」 あっけらかんとした彼女の言葉に皆は安堵した。その言い方からすれば、傷が治り次第、陸上競技に戻るのだろうと、誰もが思っていたからだ。 けれど夏季大会を二ヶ月後に控えているというのに、あかりはこうしてただの女子高生となって放課後ライフをエンジョイしている。 「なあ、あかりって、陸上はいつから再開するの。皆、気にしているよ?」 気になる彼女の意思を僕は問いただす。 「さぁねー」 「さあね、って、あかりの『夢』じゃなかったの、オリンピックに出るの」 あかりは人差し指で毛先を弄んでそっぽを向く。 「ん、夢って追いかけるの、義務なわけ?」 投げやりにもふてくされたようにも見えるいい加減な態度に僕は苛立った。 「あかりは真剣に自分の夢に向き合って練習していたんじゃなかったのかよ」 「届かないものに時間を費やすなんて、もったいなくない? 青春は短いんだよ」 あかりはけだるそうに答えた。 次第にふつふつと怒りが湧き起こる。皆の期待を背負って、応援されて、高い評価を得られたというのに、それでも夢を追う権利をたやすく捨ててしまう理由が僕にはわからない。 厳しい視線であかりを睨みつけると、あかりはにやりと口角を上げて見せた。 「ふーん、えらそうなこと言うね。じゃあ、逆に聞くけどさ」 すると彼女の表情が豹変する。眼光は鋭さを増し、まるで僕を射抜くような勝負師の視線に変わる。そして言い返した。 「君はどうなのさ」
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