僕はまだ燃えるような朝焼けを知らない

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ところがその瞬間、あかりの姿勢がぐらりと揺らいだ。 そして大きく体制を崩し、地面にむかってなだれ込むように倒れたのだ。 僕はその光景に目を疑った。勝利は決定的だったというのに、いったい何が起きたというのだ。 あかりのジャージは擦れて膝が破れていた。土まみれになり、ひれ伏したまま身動きひとつしなくなった。 僕は走るのを止め、あかりの前にしゃがみ込む。 「あかり、大丈夫か?」 あかりはのっそりと身を起こす。さっきまでの闘争心は完全に失われていた。失意の表情で僕に向かって弱々しく言い返す。 「今は勝負の途中だよ、ちゃんと走ってゴールしなよ……」 あかりのいう通り、このまま走り去ってゴールをしたら、確かに僕の勝ちとなる。だけど、この場にあかりを置いていくわけにはいかなかった。 なぜなら、僕はあかりの表情の中に、勝負をけしかけた本当の理由を見つけてしまったからだ。 僕はあかりに手を差し伸べる。 「あかり、勝負はもういいんだ。ふたりでゴールをしようよ」 その一言にあかりは納得し、諦めるように僕の手を取った。 「うん。ありがとう……」 あかりは足を痛めたらしく、びっこを引いていた。以前、怪我をした左足の方だった。肩を貸し、二人でゆっくりとゴールを目指す。 たどり着くと、あかりと僕は同時にため息をつき、その場にしゃがみこむ。 僕は何も尋ねなかった。尋ねること自体、ひどく残酷なことに思えたからだ。 けれど、あかりは決心したように自ら口を開く。 「……夢だったの」 そうだよな、と心の中で納得する。 「いつか大きな舞台に立って、喝采を浴びながらトラックを駆け抜ける。一番先の風になって、ゴールテープをなびかせるんだ。そんな自分の姿を想像して、毎日頑張っていたよ。でも……」 あかりは言葉に詰まって口を閉ざした。その続きを、僕がかわりに紡いでゆく。 「……もう、足がいうことをきかないんだね」 あかりは少しだけためらってから、こくんと首を縦に振る。 「あの事故で、神経を痛めちゃったみたいなの。ははっ、人生最大のドジだね。気持ちが(はや)ってたんだ……」 そういって乾いた微笑を浮かべる。 日常生活には支障はないものの、本気で走るとしだいに感覚が失われ、つま先が上がらなくなるらしい。事故の後遺症、とのことだった。
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