ダメな王子様

2/10
前へ
/119ページ
次へ
その羽のついた白ポメラニアンのような生物は言いました。 「君はこの世界を救う存在モル。乙女ゲームのヒロインモル」 語りかけられた少女は黙っています。まずは白ポメがアニメ声で言葉を喋り、珍妙な語尾までつけ、鳩のような白い羽をパタパタさせている事など、理解が追いつきません。 しかしそれ以上に、この教室のような場面も少女には理解できないものでした。 規則正しく並んだ机と椅子。何も書かれていない黒板。それらを照らす夕日。 間違いなくここは学校の教室です。その窓際の一番後ろの席、いわゆる主人公席に、少女は座っていました。 ただ、少女には違和感があります。 自分はこの席に居ただろうか。こんな教室だっただろうか。そもそもここの生徒だっただろうか。 ここが学校の教室である事は理解できるのですが、自分と関わりあるようには思えないのです。少女は記憶が混濁していたのでした。 「記憶がないモル? ふうむ、転移の際に色々と不具合があったのかもしれないモル。名前は思い出せるモル?」 いつでも笑顔でいるように見える白ポメは表情を曇らせます。しかし少女はその差異に気付く事はないし、それどころではありません。 一体自分の身に何があったのか、それすらわからないのですから。 「モルはモルって呼んでほしいモル」 自信満々にモルモル言う白ポメは肉球を見せるようにして手を上げ、自己紹介をしました。わかりにくいてすが白ポメはモルというそうです。 相手が名乗ったのならこちらも名乗らねばなりません。しかし記憶の定まらない自分に名乗る事ができるのか。少女はそんな心配をしましたが、杞憂でした。 少女の頭の中に、その名前が浮かんだのです。 「広井凛音。それが私の名前」 意識がはっきりしてから初めて言葉発した少女は自分の声に驚きました。こんな声だったのか、と。これも記憶が定まらないせいでしょうか。 「じゃあ凛音。凛音にはこの世界を救ってほしいモル」 「ちょっと待って、世界を救うってどういうこと?」 それは先程からモルが言っている事です。しかし世界を救うような大きな事を、記憶がしっかりしない少女に頼むとは思えません。
/119ページ

最初のコメントを投稿しよう!

28人が本棚に入れています
本棚に追加