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それにいい加減、喋るポメと二人(?)きりで教室にいるというのは精神的に来ます。
ならば例えダメ攻略対象であろうと人間と会話し、精神の安定を試みたいのです。
「むむっ、早速そのダメ攻略対象がやってきたモル!」
「攻略対象が?」
なんらかのレーダーでもあるのでしょうか。モルは一足早くその気配に気付き、教室の黒板側の扉に視線を向けます。凛音も期待に満ちた目でその扉が開く時を待ちます。
それから現れたのは、いかにも攻略対象らしい美しい青年でした。
さらさらの髪は自然にセットされ、中性的な作りの顔を引き立てます。身長は男子の平均位で体は細身ですが、それでも背筋がぴんとしているので頼りなくは見えません。
「おや、まだ学校に残っている生徒がいたみたいだ」
穏やかな物腰で凛音に語りかけます。そして目があうとにこりと微笑みます。さすが乙女ゲーム界の男子らしい振る舞いです。
ただ、話が違います。ここは乙女ゲーム界の最果て。萌えない攻略対象が現れるという話なのに、目の前のこの青年の姿や振る舞いは美しく、女性に人気があってもおかしくはありません。
「私は碓氷桜次郎(うすいおうじろう)。君は?」
「広井凛音、です」
「私は入学式で新入生代表だったけれど、覚えていないかな?」
「あっ……!」
凛音はついその場のノリで声を上げてしまいましたが、記憶喪失な彼女は別に覚えてません。けれど入学式で新入生代表となるには入試で最高点を出さなくてはならないはずです。つまりこの碓氷はとても優秀という設定のようです。
「いや、碓氷といえば化粧品メーカーとして有名かもしれないね。とくに君みたいな可愛い女の子には」
さらに実家はとある有名企業。凛音をさりげなくもほめつつも自慢を兼ねた自己紹介は忘れません。
「今日は一緒に帰らないかい? 私も遅くなってしまったからね。どうしてかって? 各運動部からの勧誘がしつこくってね」
運動部からの勧誘=運動神経がいいということになります。だんだんと、凛音は何故彼が乙女ゲーム失格攻略対象なのかがわかってきました。とりあえず自慢が多すぎます。
「これがダメ攻略対象、『学園の王子様』モル……!」
凛音の隣で見守っていたモルは震えながら彼をカテゴライズしました。どうやらこの声も碓氷には聞こえていないようです。
「なんでもできて優しくて美形。そんな王子様のような男子だけど何故か印象が弱いという攻略対象モル!」
「たしかに……」
モルの分析に凛音は頷きました。彼女が感じていた違和感はそれです。きっと優れた人なんだろうけどまったく記憶に残らない人なのです。多分明日になったら名前も忘れている事でしょう。
『問題児ほど人の記憶に残る』という説の逆パターンです。
「碓氷はパッケージ中央に描かれていてゲーム開始すぐ出会うことができるモル。なのにこの印象の薄さ。それに反して要求パラメータの高さに諦める乙女が続出したモル」
「こんな印象薄いくせに難易度高かったらそのうち忘れるよね」
「そうモル。ソフト自体の売上は悪くないのにすべての乙女に忘れられた攻略対象。それが碓氷モル」
ひそひそと碓氷に聞こえないよう話すモルと凛音。碓氷はそれをにこにこと見守っています。ここで文句も言わないあたりが彼の薄っぺらさです。
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