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「凛音ちゃんって呼んでもいいかな。君、面白い子だね」
出た、『面白い子』発言。モルと凛音は戦慄します。設定的にはちやほやされているはずの彼が、凛音にそっけなく扱われてそんな感想を抱くのでしょう。ある意味恐ろしくポジティブな男です。普通に嫌われていると思う事はないのでしょうか。
「もう遅いから一緒に帰ろう。夜道は女の子には危険だよ」
「帰るって言っても私、家が……」
帰る家がわからない、と凛音はモルに視線を送ります。しかしモルは自信満々に答えます。
「凛音の家は学校近くの同居もの用の居住エリアにあるモル。謎の洋館を格安で借りているという設定モル」
「ああ、男子との同居もの多いもんね乙女ゲーム。でもその家幽霊出そう。幽霊さえも攻略しそう」
「そこから東側にあるのは歴史ものの合戦場エリアモル。迷い込むと危険モル」
「歴史ものも多いもよね乙女ゲーム。絶対迷いこむもんか」
この乙女ゲーム界、学校以外にも各乙女ゲームに対応した舞台としてさまざまなエリアがあるようです。とにかく例え幽霊屋敷であっても住居が用意されていて、凛音は一安心です。そして教えられたばかりの自分の住所を碓氷に告げました。
「そう、君はあそこにある洋館に住んでいるんだね。なつかしいな。うちの別荘はあんなかんじなんだ」
ちょいちょい自慢はさむなぁ、と凛音は思います。とにかく凛音と碓氷、そして尾行してるモルとで校舎を出ることになりました。グラウンドでは運動部がなにやら活動していましたが、あまり見過ぎると出会いフラグが立ちそうなので目をそらします。
しかしかといって碓氷を見るのも飽きました。彼の姿は確かに美しいのですが、美しすぎて印象に残りません。なにより中身がとてもつまらないのです。話す言葉はさりげない自慢。さらにその自慢も日常的にキャビアフォアグラを食べるだとか、休みは海外の別荘地で過ごすだとか庶民であるはずの凛音にも想像のつくもの。本当に薄っぺらい攻略対象です。
「本当はね、私は車通学なんだ。だけど入学初日くらい歩いて登校したくてね。徒歩通学をして良かった。君のような友達ができたのだから」
友達と、碓氷は凛音に向かって照れもせずに言いました。凛音は友達になったつもりなど毛頭ないのですがさすがにそれを否定するのは控えます。
そして凛音はふと、彼の交友関係が気になりました。
「碓氷君、友達は?」
「いないよ。私の家や人脈が狙いなのか、媚びへつらう者は多くいた。そんなもの、友達とは言わないだろう」
これも乙女ゲーム界では定型文のようなものです。人気者であるはずなのに孤独。薄っぺらい人間性なので仕方のない事かもしれませんが、そう言われればつい同情してしまいます。なので、凛音はつい慰めるような事を言ってしまいます。
「自分でそれがわかってるなら、まだましだと思うよ」
「え……」
「本当に孤独な人は、そんな事にも気づかない。それでもっとひどいことになるから」
果たして乙女ゲームの存在にそんな話が通じるのでしょうか。不安に思う凛音ですが、碓氷は少しだけ晴れやかな顔をしていました。そして呟こうとします。
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