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しかしモブ女子の行動を言葉でどうにかしたというのはなかなかにすごいことです。モブとは世界観や力量などわかりやすく解説するため、決められた言葉しか発しないものなのですから。
凛音ならばこの世界のダメな攻略対象だって変える事ができるのかもしれません。
「ごめん、碓氷君。言い過ぎてキズつけた?」
「……いや、君のいう事は真実だから」
「そう。でも碓氷君がかばってくれたのは印象に残ったよ。私ならそこを魅力として語るよ」
凛音はしゃがみ込み、碓氷に視線を合わせてフォローをします。モブ女子に絡まれたらかばってくれる、友人と言ってくれる。そんな攻略対象である事は凛音も魅力的に思えました。もう印象が薄いだなんて言えません。誰かに話す価値のある行動です。
「送ってくれるのはここでいいよ。どうやらここが私の家みたい」
「あ、ああ……」
「じゃあね。また明日」
凛音は立ち上がり、モルに視線を合わせます。そして古びた洋館のある塀に沿い、前を向いて歩き出しました。碓氷はその後ろ姿を見えなくなるまで眺めていたのでした。
「それにしても本当に可哀想な話モル……碓氷には同情するモル……」
「ちゃんとフォロー入れたんだから良くない?」
「傷ついた心はその後いくらいたわられたって癒える事はないモルよ。まぁ、ちょっとは乙女ゲームらしくは見えたモルけど」
長く広がった塀を背景に、凛音とモルは語ります。周囲に誰もいないのでモルのような他人に見えない不思議生物とは話したい放題です。
「でも、碓氷は被害者なのかもしれないモル」
「碓氷君が、被害者?」
「碓氷は属性の盛りすぎモル。なのにその属性の一つもろくに作中に描かれなかったモル。それは明らかに『中の人』の力不足と言えるモル」
この場合の加害者とは、うまく碓氷というキャラクターを作れなかった中の人、つまりゲーム会社のことです。碓氷は全く悪くないのです。碓氷の特技がもっと少なければ、碓氷の特技が活かせれば、モブ女子だって彼の魅力を細部まで語れたはずです。つまり碓氷は何も悪くはありません。
「キャラクターとはライターの限界値までしか書けないものモル。ライターの知能指数までのキャラしか生み出せないし、ライターが粗食だとご馳走がキャビアフォアグラトリュフしか出てこないモル」
「確かに頭の悪い人が考える『天才同士の頭脳戦』ってグダグダだよね……」
凛音にも思い当たる事があります。凡人の書く天才キャラはなにかと成績の良さで表現されたり、確率がどうのこうのと語りだすものです。中の人の頭がよくないとキャラクターも頭が悪くなってしまうのです。
同じように、セレブのご馳走を知らないライターは庶民が思うセレブのご馳走しか書けないし、根っからの悪人は根っからの善人が書けません。
それでも知らない事を書くのがライターの仕事です。調べるなりして説得力を持たせるのがライターの腕の見せ所なのです。
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