セールス

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不気味で古めかしく、そして厳かな建物の中。 厳めしくて威圧的、そして随分と齢を重ねているであろう面々から発言を促される。 私はいつものようにセールスのプレゼンを始める。 皆様もご存じの通り、現在、生活のあらゆる場面にネット環境が存在し、今や我々の暮らしは、ネットに接続した機器なくしては成り立たないものとなっています。 パソコンやスマホがネット環境に接続されていることは言うまでもありません。それらを使用して、我々は他者とコミュニケーションを取ったり、情報を収集したり、あるいは様々な番組や映画などを視聴するなどしています。 特にスマホは、単に電話やメールなどのコミュニケーションの手段として用いるだけではなく、財布代わりだったり、あるいは身分証明書代わりだったりと、我々の日々の暮らしに非常に密着した必要不可欠なものとなっており、最早、我々の分身とも言える存在となっています。 また、時計型などのウェアラブル端末は、我々の心拍数や体温、歩数、そして睡眠時間など、様々なデータを収集・モニターしています。最新の機種だと血流をレーザーで分析することにより、血糖値、あるいはホルモンの分泌量をモニターすることも可能だったりします。 日常の買い物においても、スマホなどによる電子決済が導入されています。 このように、個人の消費活動や金銭管理もネットに依存しています。 そして、スマホにはGPSも内蔵されており、行動についても、これを通じて把握することが出来ます。 このようにして、今や我々の生活全般は、ネットに接続された機器に全面的に依存していると言っても過言ではありません。 取り敢えずそこまで延べ、私は一度、言葉を止める。 そして、居並び厳めしい顔ぶれの反応を伺う。 しかしながら、反応は薄いようだ。 矢張り、話の意味するところにピンと来ていない様子だ。 まぁ、いつものことだ。 何はともあれ丁寧に説明をしなければ。 気を取り直し、私はプレゼンを再開する。 さて、これだけ個人の生活が深くネット環境に依存している現在では、ネット上に存在する個人の様々な行動の痕跡を繋ぎ合わせることで、それぞれの個人の行動をほぼ完全に把握することができます。 何時に起き、何時に家を出、どの駅から何時の電車に乗り、職場近くのコンビニで何を買い、また、その時にお金を幾ら使ったのか。 会社の昼休み時間にはどのようなニュースサイトを見ていたのか。 あるいはSNSで誰と会話を交わし、どのような情報を発信したのか。 そして、何時に会社を出、帰りに誰と居酒屋に寄り、そこで何を飲み、何を食べたか。 家に帰ってからどのような番組を見たのか、あるいはネットを通じてどのような買い物をしたのか。 そう、現在では、ネットに接続された機器を通じて、個人の行動を完全に把握することができるのです。 また、心拍数や体温、そしてホルモンの分泌量の変化を分析することによって、感情の動きを把握することすら可能だと言えます。 最早、心の動きを知ることすら可能であるのです。 私は一旦、言葉を止める。 さぁ、ここからが本題だ。 そこで、我が社が皆様方にご提案させて頂くのが、自動裁判システムです。 ようやく、居並ぶお歴々からどよめきの声が上がる。 ほぉ、やっと理解してくれたか。 よし、もう一息だ。 我が社が開発したシステムは、ネット上にある、何時に、誰と、どこに行って、何をしていたか、といった個人の行動に関する情報、また、心拍数やホルモン分泌量などの個人の心情等に係る情報を収集します。 そして、我が社が開発したAIに罪の判定ルールを入力し、収集した情報をインプットすれば、その個人のどの行動が罪に該当するかをAIが自動的に判定することができるのです。 例えばですが、とある男性が職場から帰る途中、居酒屋に寄ったとします。居酒屋で何か注文したら、その情報はお店の精算システムに入力されます。お酒を飲んだら心拍数が上がります。そして、もし会計をせずにお店を出たら、スマホを通じて決済されていないことが分かりますし、また、GPSでお店を出たことも分かりますから、すぐに、この男性が「食い逃げ」という罪を犯したことが分かります。 また、男性が夜中、一人歩いている途中、人気のないところで立ち止まり、そして、その時に急に一時的に体温が下がったりしたら、いわゆる「立ちション」という罪を犯したことが分かります。 このように、個人が罪を犯したら、それを即座に罪と認定し、そして記録することができる。これが我が社が開発した、自動裁判システムの機能なのです。 居並ぶお歴々のどよめきは更に大きくなる。 さぁ、いよいよラストスパートだ! さて、産業革命以降、人類の数は増加の一途を辿り、結果、亡くなる人々の数も昔に比べて圧倒的に増大しました。 世界的な戦争は幾度も起き、悲しいことに、その度ごとに多くの死者が発生してしまいます。 しかしながら、地獄にて死者の裁判をお司りになられる、閻魔大王様を始めとする地獄の十王様の顔ぶれは、ここ二千年ほど変わってはおりません。 如何に皆様方が神通力をお持ちとは言え、年間で何千万人にも及び死者の罪状を正確に把握し、そして公平な裁判を行うことはさぞ大変かと思います。 そこで、我が社が開発した自動裁判システムを用いることで、地獄の十王様のご苦労を幾らかでも軽減でき、そしてより公平な裁判を実施できるのではないかと思います。 我が社のシステムを用いれば、亡くなった人の生前の罪状を全て記録し、裁判に際しては地獄の十王様に即座に提供することが可能です。 是非とも、我が社が開発した、「自動裁判システム・地獄版」の導入をご検討下さい。 厳めしくて威圧的な顔をした地獄の十王たちは呆れたような顔をして私を見下ろす。 そして、中央に居座る閻魔大王が重々しく、怒りを孕んだ声で告げる。 「そのほう、現世にて珍妙なるからくりを作り上げ、欲に目が眩んで方々に売りさばこうとした結果、人々の恨みを買い、結果、命を落とした。この原因は、そのほうの強欲にある。あまつさえ、死後の裁きのこの場においてすら、申し開きをするでもなく、欲を捨てきれずに、我らに対して珍妙なからくりの売り込みを為そうとする。その罪、甚だ重い。よって、地獄行きじゃ!」 閻魔大王の判決が下されるや否や、獄卒の鬼が私を閻魔大王の前から引きずっていった。 あぁ、地獄の裁判所も結局はこれか。 ここ近年、不景気等もあって、犯罪の件数は増加し続けていた。 けれども、犯罪を裁くための裁判所の態勢は強化されることはなかった。 そのため、個々の裁判が疎かになってしまい、本来ならば無罪の人がいい加減な裁判で有罪にされてしまったり、あるいは逆に、本当は有罪のはずなのに無罪とされ、そして社会に舞い戻った犯罪者が再び同様の犯罪を起こすといった事例が頻発していた。 そこで、私の会社は、AI活用型のネットに連接した自動裁判システムを開発した。公平で正確な裁判を迅速に、というのが開発のコンセプトだった。 私はその会社の社長であり、そして自動裁判システムの設計チームのリーダーでもあった。 旧態依然とした裁判制度に疑問を抱いたが故の行動だった。 数年の歳月を掛け、幾多の苦労の末にようやく自動裁判システムを完成させ、そして、裁判所にこのシステムの採用を提案した。 けれども、裁判所の対応は非常に冷淡だった。 何故なら、このシステムが導入されることで、裁判官や弁護士、あるいは検事など、裁判に関連する人々が失業してしまうことを恐れたためだった。 そもそも、裁判官達は新しいシステムを導入すること自体に否定的だった。環境の変化ということを嫌ったのだ。 また、自分たちの仕事ぶりを第三者から否定されるようなことも気にくわなかったのだろう。 結局、私の会社は裁判所側から敵視された。 そして、私は身に覚えのない罪で逮捕されてしまい、挙句の果てに劣悪な牢獄の中で病死してしまった。 地獄の裁判所も結局は一緒か。 仕事の量が増えたとしても従来のやり方を変えようとせず、そして、変化を拒もうとする。 獄卒の鬼は、項垂れた私を地獄へと引きずって行く。
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