出席番号1番君の話

2/3
前へ
/41ページ
次へ
~『せんじょうえき』~ 俺の家のすぐ近くには曰く付きの公園がある。 そこは「さくら公園」っていって、一本だけ大きな桜の樹がある小さな公園。 その桜の樹は本当に本当に大きくて、樹齢うん千年とか言われてる。 先週から市内も桜前線にかかり、満開の桜の木の下で花見をする人も増えてきた。 でも、絶対に地元の人はその公園で花見をすることがない。 それは地元では有名な「曰く」のせいである。 これから話すことは、俺の高校の同級生が体験した話である。 高校に進学すると結構遠い地域からも生徒が集まるから、そいつも市外から通学していたやつ。 つまり、その曰く付きの公園のことを知らなかったんだ。 二年に進級した春休み。 そいつは野球部で結構夕方過ぎまで練習していて、その日も帰宅が遅くなっていた。 もう完全に暗くなっていて、最寄りの駅まではバスも通っていないから歩き。 いや、一本だけバスは走っていたけど、あれには乗れないよな。 そいつは近道をしようとしたんだろう。 俺がいつも「暗くなってからは絶対にあの道は通るな」ってあれほど言ったのに。 そいつは通ってしまった。 そこで見てしまったんだよ。 桜の木の下でうずくまって、ブツブツ何かを呟く女の人を。 その日は天気が悪くて、空には大量の雲が流れていた。 更には新月だった。 さくら公園は、なぜか外灯を設置しても数日も持たないもんだから、もう近隣のおじちゃんおばちゃんたちも安全のために設置してくれって自治会に言うのも諦めてる。 つまり、真っ暗なわけ。 人なんて見えるはずないの。 でもさ。この時のことを聞いたとき、確かにそいつは言った。 ぞっとするくらい綺麗な女の人が、木の下でうずくまってブツブツ言ってた。 真っ赤な唇にドキッとした。 って。 いや、唇かよ(笑)って俺はそいつに言ったよ。 今だから笑い話で済ませるけど、どう考えたって見えるはずないよな。 真っ暗だし、道から樹までは結構離れてる。 ちらっと見ただけだったらしくて、俺からの警告を思い出してそいつはすぐにそっから走って逃げた。 今更だけど、その曰く付きの桜の樹の話なんだけど。 地元で言われてる話がこっち。 「あの桜が咲いている夜に、樹の下には一人の女が現れる。 その女は見た者を樹の下に誘い、気を狂わせる」 実際に気が狂っておかしくなった人が、朝、樹の下で保護されるなんてことは毎年あった。 だから、俺たち地元民はその女の人を見ないように夜は公園の近くを通らない。 しかも、この同級生みたいに遠くからでも「見えてしまう」って話もあったんで、夕方になると公園の方向の戸や窓はカーテンを締め切る。 だから、俺も高校生になってなにも知らない市外から受験したそいつと友人になったとき、この話をそっくりそのまま警告したんだ。 話を戻す。 なんとかその場から逃げたそいつは駅に着いて、電車に乗って、無事家に着いた。 ほっと一息ついたそいつは、夕飯を食べて風呂に入ろうとした。 そのとき。 携帯が鳴った。 俺の番号だった。 俺は、かけてない。 そいつは気にしないで電話に出た。 俺の番号からだし当然だ。 その「俺」は「洗浄液を持ってこい」と言ったらしい。 洗浄液? って思うだろ? でも、そのころ俺たちの間で普段使う物を回りくどい言い方で言うっていう遊びが流行ってたんだ。 洗浄液っていうのはこの時の洗剤。どっちにしろ変な内容だよな。そいつは疲れもあって頭が働いてなかったらしい。 後日落ち着いたときにもう一度この事を聞いたら、確かに「せんじょうえき」と言っていたらしい。 ただし、 「せんじょう えき きて」 だった気がする、だってさ。 まだ辛うじて往復出来る電車が残ってる時間だった。 そいつは行ったよ。 さくら公園の近くにある俺の家に。 次の日の朝、公園の桜の木の下で泣きわめいているそいつが保護された。 そいつは、可哀想に。いろんな液体を垂れ流して叫んでた。 助けて 熱い 痛い おなかへった 苦しい なんで 腕が 死にたくない おかあさん 寒い 足が どうして 燃える 痛い 水が 苦しい やめて 殺さないで 死にたくない そいつは1週間、病院に押し込められた。 なんとか退院して、今は普通に生活している。 怪奇現象が好きな別の同級生と話した。 そいつも同じ地元民で、さくら公園のある場所について調べたことがあるらしい。 空襲、飢餓、地震、大火事、川の氾濫、日照り… 該当する事柄が次々出てきた。 そして、驚いたことにそういう歴史を持ちながらもあの桜の樹はずっとあそこにあり続けているんだ。 奇跡としか言いようがない。 長い長い歴史を、あの桜の樹はたった一本で見続けてきたのだ。 そして、さくら公園のある場所の元々の地名。 「戦場駅」だった。 一番古い記録に残っていた。 戦場へ向かうとき、必ず立ち寄る場所として利用されていたらしい。 ここを越えたらもう戻れないぞ。 ここから先は戦場だぞ。 …って。 その名前がまだ残っている時には、地元民にとってあの桜が戦場に最も近い場所だったんだろう。 俺は思う。 昔の同級生が聞いた言葉はきっと。 「洗浄液をもってきて」じゃなくて「戦場駅にきて」だったんだと思う。 本当にバカな話だよ。 あれから高校を卒業して、地元を出て大学にいって、俺は警察官になった。 今では地元の、入り口をさくら公園を背に設けられた交番に勤務している。 怪奇現象が好きな同級生は、地元小学校の教師になった。 俺たち地元民は、みんな不思議とこの地元に戻ってくる。この地元で育って、この地元で死んでいく。 決められたことではないけれど、誰もがそうすることを選んでいる。 きっと、またあの桜の樹にあうために。 今年も寒い冬が終わった。 今年も、あの曰く付きの桜の樹は、とても美しく咲いている。 ん? あれ? そういえば、その女性って何なんだ?
/41ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加