第一章 Ordinary Days

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『今年も今日という日を元気で一緒に迎えられた事に感謝。 花梨からもプレゼントがあります。 まだ練習不足でへたなんだけど、聴いてくれる? それから… 生んでくれてありがとう。 ママも頑張った日だもんね。』 優しく抱きしめると、花梨はピアノの前に座った。 『嫌だ、もうピアノなんて弾かないって言っていたじゃない、グシュンちょっと待ってね、鼻かむから。』 昔、発表会で緊張に緊張をしまくった挙句、いざ自分の出番が来たら頭が真っ白になり鍵盤に指を置いたものの、全く弾けなかったのだ。 周りはガサガサ、ゴソゴソと仕舞いに幼かった私は晴れの舞台で大泣きしてしまった。 そんな苦い思い出がある為、それ以来ママがピアノの先生にも関わらず全くもってやっていない。 鍵盤にさえ触れていなかったのだ。 『ねぇ聴いて、内緒で練習したんだから。ゴホ、ゴホッッ、では~』           ママは小さな肩を小刻みに震わし、音色を聴きながらポロポロ涙を流し小さな声で歌っていた。 『… Really into you……』 そうパパとの大事な思い出の曲。 おばあちゃんがアメリカ人の為、ハワイで生まれ育ったママには英語という面倒な言葉の意味も理解出来るかもしれないけど、日本育ちの私にはR&Bなどという苦手な英語の歌などわかるわけもない。 ただただ、小さい頃から聞いていたこの曲をいつかママの為に弾いてあげようと思っていただけで。 この曲が、どんな歌詞でどんな意味をもつ歌なのかも知らずに、そしてこの先、崩れ落ちていく未来があるなんて想定なんて出来ずに花梨はただ、ただ思いを込め弾いていた。
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