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しかし、当然ながら妹が最も早くその答えを受け入れて肯定する。
「そうよね、お姉さまが美しいのが絶対だもの。その美しさに見合う言葉や振る舞いだから今そうしているだけ・・・。そして私はそんなお姉さまの真似をしてるだけ」
聞きながら『思索家』は『双つ子』についての認識を更新した。姉は過剰なほどの自信家で、妹はその姉に対して劣等感を抱いているらしい、と。
「自分に合っていれば、というのは確かにもっともな話だとは思うが、ということはある程度時代の流れに応じて言葉を取り入れたり、逆に使わなくなったりはあり得る、となるだろうのか?」
「全てを否定する必要も全てを受け入れる必要もないという意味では、結局は変化はある程度していくのでしょうね」
『思索家』はその返答に頷き、自分の話に戻ることにした。
「そう、変化を完全に止めることはできない。その一方で、あまりにも速すぎる変化にはなかなかついていけないものだ。美しさも機能性もおそらくどちらも重要で、両方共が何かの理由で損なわれることによって、結果的に消えていくもしくは浸透せずに終わることになるのだろう」
『双つ子』の姉は優雅そのものの所作でカップを持ち上げわずかに口をつける。
「古くても現代感覚においても美しければどこかに残る。機能性が高ければ美しくなくてもやはり特定の場所などでは使われる。言葉や振る舞いに限らずだ。だが、美しいだけのものが時代感覚によって美しく感じられなくなれば消えるし、機能だけに優れたものは使っていた専門の職業などが廃れればなくなる。だから、一般に広まっているものというのは基本的にはそれなりに美しく、それなりに機能的だとされているものなのではないか。それが時代によって徐々に変わっていくということなのではないか」
『思索家』は話を続けていく。他の四人はそれぞれの話を聞く姿勢になり、口を挟むことがなくなる。
「ただし、美しさも機能性も時代の中で常に揺らいでいる。地域性などもあるだろう。ある一時期に広まったものが、そのすぐ後になって意味が変質し、本来の意味に戻るような時期があったり、しかしそれによって使われなくなったりといったことが常に起こっている」
『良識家』は『思索家』以外の三人をなんとなく観察しており、『看視者』は逆に『思索家』だけを笑みを浮かべつつも注意深く見ている。
「言葉であれば誤用であっても広く広まってしまったものにそういうことがある。言葉が広まったときにそれが誤用であるとその後から広まり、するとその言葉を使いにくくなってくる人々が増え、使う人は本来の意味で使うようになるのだが、誤用の意味のほうが広まっている状態ではどちらの意味で使っているのかわかりにくいという混乱が生じ、結果その人たちすらも別の表現に置き換えるようになり、その言葉自体を使う人がいなくなってしまう、と。これは機能性が一時的に高くなったが、後に結局失われたことになる」
『思索家』はそこで声の調子を改め、やや顔を上げた。
「美しさと機能性はおそらくどちらかでもあり続ける限りはどこかに残り続ける。しかし片方しかないのなら、それが失われたときにそのもの自体も失われてしまうことになる。ただ、それはあくまでもそのときは忘れ去られているというだけで、後に思い出される可能性も記録があればあり得る。そして別の形で広まることも。・・・ただ、ある言葉がその後も一般に定着するには、その言葉が美しすぎず使われ過ぎないことが必要なのではないか、と思ってしまうな」
そこで他の四人を目の動きだけで見まわした。
「・・・ではこれらを踏まえて、俺たちはどのような言葉を使うべきなのか」
反応を待つことなく『思索家』は言葉を繋ぐ。
「こだわりたければこだわればいいし、そうでなければ気にしなければいい。ただ一つ、相手に通じる言葉である限りにおいては、という条件がつきはするがただそれだけだ。相手が理解でき得る言葉であれば、どんな言葉を選ぼうがやりとりは可能だ。反応は変わるだろうが」
『双つ子』の妹が自分の前の皿から四角いクッキーを一枚掴んで齧った。
「しかしわかりにくい言葉の使い方をしたなら、それを相手が理解できるように説明しなければならないことになりがちだ。こういったとき俺たちの中では、その言葉をその場で使う優先度合いのようなものができている。正確さを重視するのか、伝わりやすさを重視するのか。響きを重視するのか、さらなる説明を省けることを重視するのか。要はそのときその場で使うべき言葉は何かという自分自身の中での判断基準ができてくる。美しい言葉か、わかりやすい言葉か。その場においては俺はどう選択するのか。その選択がどうであれ、この個々人の選択の積み重ねの結果として、一般的に広まって廃れにくい言葉、というものが今このようにしてあるわけだ」
『思索家』は話を締めくくるところで、まだ何かないだろうかと考えて一つ付け足した。
「同じ意味の違う言葉、似た意味でも異なるニュアンスを含んでいる言葉などは、美しさと機能性のバランスが違うと理解していいのだろうと思う。いずれにせよ、相手がいる限りにおいては言葉であれ振る舞いであれ、その相手を無視しては始まらない。何よりも重要なのは相手との関係性に基づいて言葉や振る舞いを選択することだ。・・・というところで、俺の話は終えるとしよう。思ったよりもやや長くなってしまったな。・・・ちなみに今回の話は君たちへの皮肉や自虐というわけではないことは言っておく」
「ああ、私たちがいるのを無視してたわけじゃないんだね」
『看視者』が笑ってそう応じると、『良識家』も言った。
「あ、そっちかい? 僕は彼が僕たちに無視されていると感じたのかと思っちゃったよ」
『思索家』が何かを言おうとするよりも前に、畳みかけるように『双つ子』の妹がそっけなく続く。
「私は途中から完全に無視してたわ」
姉のほうも続いた。
「私は少しは聞いてあげていたわ」
一通りの反応を聞いて、『思索家』は宙に視線をさまよわせた後に、言っておくことにした。
「諸々、感謝しておこう。それが合っているのかどうかはわからないが」
そしてまた、雑談が始まった。
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