集うこと話すこと

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「この会の必要性を改めて考えるとき、雑談の効能は無視できない」  『思索家』が仕切りなおすように言うと、テーブルにつく他の四人は口を閉ざしてなんとなくそれぞれの聞く姿勢になる。  このテーブルに集まるということは『思索家』の話を聞くことを意味していると言っても過言ではない、特に冒頭は、という共通認識があるため、無言ということはないまでも他の四人が積極的に話し出すことはほとんどなくなっていた。 「前提としてあるのは、ここが閉ざされた不健全な空間であるという点だ。散歩くらいはできるし、人も数十人はいるが、広大とは言い難い空間内での滞在を余儀なくされている以上、精神に良くない影響を受ける危険性はけっして低くはないはず」 「私たちは二人でいられればどこでも平気よ」  『双つ子』の妹のほうが姉を見つめながら言い、姉のほうもその目を見つめ返して微笑んだ。 「そうね。私たちはいつも一緒だもの」  これもまたいつも通りのやりとりなので、今さら口を出す者はいない。『思索家』も特に気にすることなく話を続ける。 「そう、自分以外に誰かがいることは重要だ。その誰かと何らかの形でコミュニケーションが取れるということはさらに重要と言える。俺たちはごくわずかな例外を除けば、ここに来る以前の接点がない、もしくはわからない状態で会っている。ほとんどが見知らぬ他人ばかりという中、この異常な環境下で孤立を深めることは精神面に悪い影響を与えることは想像に難くない。無論、それが精神面以外の部分にもあまり良くない状況を生むことは考えられるが、それは今回は置いておこう」 「ちなみになんだけど、『思索家』さんにとって僕らとのこの感じはコミュニケーションなのかい?」  『良識家』が柔らかい口調ながらもからかうように質問すると、『思索家』は迷うこともなく淡々と頷いた。 「俺はそう認識している。ただ、君たちがどう捉えているかはわからない。そうだと思っていると考えるか、そうではないと考えているか。それを君たちが口に出そうが出すまいがコミュニケーションが成り立っていることを俺自身が真に確認するすべはない。であればそれこそ精神衛生上、成り立っていると考えておけば良いとなる。実際にどうかは問題ではない」 「実に自分中心な考え方だね。別に構わないけれど」  座っていてさえも背の高いことがわかる『思索家』の表情のない、しかしよく動く黒い目と一瞬だけ目を合わせた『良識家』はどこか諦めたようにその解答を受け止めていた。 「いずれにしても、言葉を放った時にそれが返ってくることがない状態が続くような環境は危険である、という部分に異論はないだろう。当然、今の疑問にあるように片側がまったく話が通じていないと感じられるような会話が続く環境もそれ以上に危険な場合もあるかもしれないが、その点は考慮したうえでルールを定めれば良い」  一度口を閉じかけたが、『思索家』は言葉を続けた。 「俺は先ほど話題を提供するのが役目と思っていると言ったが、他に話したいことがある者がいれば俺がこの会の主催である以上は基本的に譲る。そもそもこれはあくまでも会話のための導入だと位置づけている。この導入部にわざわざ話したいことがある状況が多くないのであれば、やはり基本的には俺が担うべきだろう」 「そう言われるとまるで君の責任感が強いように思えてくるね。実際は自分が話したいからこの会を作ったんだろうに」  『看視者』の苦笑いに、『思索家』はまったく動じもしない。 「その通り。これは俺の持つ主催者としてのわずかな責任感が一応あるだけだ。会の成り立ちはあくまでも俺が話したいことを話すとき、多少は聞いてもらえそうな者を集めたに過ぎない。当然ながら俺自身のためだが、しかし参加者を必要とするならば参加者にもメリットがなければならない。それを改めてここで提示しておこうというのが、今回の話だ」
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