集うこと話すこと

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「精神を病まないために、と」 「そうだ。人とコミュニケーションをとることにはその効能がある。だが、特に状況的に重要でないと思われる内容の話、言うなれば無駄話というものは、必要な話とは別の作用があるはずだ。精神的な状態としては、戦闘時、戦闘のための準備、そしてそれ以外と考えられるのではないかと思う」  『双つ子』の姉妹がそこでふと同時に紅茶のカップを持ち上げたのを視界の端で捉えつつ、『思索家』は話を続ける。 「無論これは喩えだ。戦闘時というのは、実際に何か行動をとっている時、その準備はその行動の算段を立てたり、それに役立ちそうなことを意識的に考えているとき。それ以外とはつまり行動するということを考えていない時となるが、実際にはそれらの精神状態を完全に分けることはできない。それでも、緊張感が必要ないのは要するにうまく行動しようとはあまり考えていない時、ということにはなるだろう。うまくやろうという意識がどんなときにもあまりなければ行動時にもさほど緊張はしないだろうが、それが難しい状況や性格はある。従って、この会での雑談はうまく話せないことを拒絶しない場であるべきと考える」 「それだけ饒舌に話しながらよく言うわね」  『双つ子』の妹が冷たく言い、姉はその様子を愉快そうに笑って、『思索家』へと視線を向ける。 「今のは別に拒絶じゃないわよね?」 「そう言えるだろう。俺が言ったことを根拠として会から追い出すような発言でなければ構わない。この前提は、全員がその前提に基づいて話しているという合意があることが大切だ。各々接する限り、特に話し下手な雰囲気は感じないが、それでも話すのが難しい話をすることもあるかもしれない。そのときにこの合意が効果を生むこともあるだろう」 「じゃあ、この会ではさっきの喩えで言うところの戦闘の準備、みたいな話はしちゃいけないのかい?」  『良識家』が返ってくる答えをあらかじめ予想しているような笑みで質問した。 「当然その会話も構わない。というかこの話自体がそれに類するものだろう。何かの備えとなるならこの会を活用するのもいい。この会でのルールはこの空間内でそれぞれの精神状態を保つためという目的のために設定されるものでなければならない。過剰なルールは必要ないはずだ。ただ、となると、この会への新規の参加者に対する扱いはどうするべきか?」 「今のところここにいる参加者は全員君による勧誘だよね?」  『看視者』が『思索家』に尋ねた。 「そうだ。だが一つの懸念として、新しい参加者が俺以上に饒舌で人の話を聞かない奴であった場合、俺自身にとってこの会に参加するメリットが薄れる」 「わがままだねぇ。でもだからといってそこでルールを追加するべきかっていうとなかなか難しいところだよね。そこで君以上に話しちゃいけないなんていうルールを作ればその人にストレスが溜まる。でもそのルールがないと君のストレスが溜まる」 「まあ、この場合は会の主催者が俺である以上、最終的には俺を優先する選択を俺自身がするだろう。多数決にでもして俺自身が追い出される可能性などは作らない。ともあれ、ルールは最小限にしようとしても今後問題が生じることは充分あり得る。しかしルールを増やせば居心地が悪く感じる者も増えてくる。となるとルールを増やす時にどのようにするかのルールを定めなければならない。そもそも俺の独断で決めるべきなのか、全員で決めるべきなのか」 「政治だね。でも僕たちは別に強制的に参加させられたわけでもないし、参加するにあたってお金を払ってるわけでもない。なら参加は自己責任だ。居心地が悪いなら離れればいい。そしてこことは別に自分の会でも作ればいいさ」  『良識家』は自分の前に置かれた小さなケーキをフォークで切り分けながらそう言う。 「確かに、俺はこの会がそれぞれの精神を保つうえで役立つものであることを望んではいるが、君たちの精神が崩壊すること自体にはそれほどの関心がない」 「だろう? だから会の外の人の精神状態なんて気にしなくていいんだよ。何なら今まで言っていたのがルールだとするなら、僕たちの中の誰かが会に参加していない人を殺したってルールに抵触していない可能性すらあるんだから」  『思索家』は首を傾けた。 「そうか。では一応訊いてみるとしよう。この中で、会の参加者がそうでない人物を殺すことによって精神に問題を抱えそうだと思う者はいるか?」 「僕はまったくないね」 「私も別に」 「お姉さまさえいれば他の誰がどうやって死のうが構わないわ」 「そうね。私もよ」
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