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「パパァ、あたし、Bタイプが欲しかったのにい」
モニターを目にした娘のくちびるがとんがった。
「しょうがないだろう。あるていど育たないと、わからないんだから」
オレはあわい桃色のカプセルを透視装置から取り出し、不機嫌な娘の手の平にそっと置く。
かわいい手だ。と思う間もなく、娘の腕はだらんと垂れ下がり、まぶたに涙が満ちた。
まったく……。いつも仕事で家をあけているから、旅行の気分でも味わってもらうつもりで、出張にわが子を連れてきたのはいいけれど、こうも聞きわけがないとは。
「しかたがないなあ。帰ったら、また買ってあげるから」
「ほんと」
こぼれそうにふくらでいたしずくは、一瞬で引っこんだ。スポイトみたいな目だな。子供とは器用なものだ。
今、オレの星では育成型アンドロイドが流行っている。Bタイプが欲しかった、と娘が涙ぐんだのはこれだ。
BのほかにはAタイプがある。どちらを買ったのか、はじめはわからない。購入後に起動スイッチを押すことで成長が始まり、カプセルの内側でタイプがわかれる。ヒヨコが卵の中で雌雄の別ができるのと同じだ。
生まれたあとは、時間の経過とともに、生き物のように体が成長する。大きさはせいぜい子供の手の平サイズで、簡単な言葉を理解するくらいには知能も発達する。
何千にもおよぶ成長パターンがプログラムされており、持ち主の接し方によって、それぞれが異なった性格を持つのだった。
「この星は、水の占める割合が七割。陸が三割といったところか。水陸ともに生体反応アリ。ま、生物のいる星ではよく見かけるケースだな」
科学文明は未発達で、役立つ資源が豊富なわけでもない。この青い星は、注目に値する星ではなかった。いつも通りの結果だが、それでもやはり気落ちはするものだ。
宇宙調査員の職に就いてから、目を引く星に出会ったことは皆無だ。この青い星のデータは、長い期間にわたり多くの調査員によって集められた、文字通り星の数ほどもある調査結果の山に埋もれ、日の目をあびることは二度とない。
広い宇宙を長い時間移動して得られる価値のないデータ。オレの仕事にも、価値なんてないんだろうな。
これでも若いころは、自分のはたらきで世の中を変えたい、後世になにかを残したい、と思ったものだ。ひとかどの人物になれると無条件で信じたあのころは、なんだったんだろう。
今では、そんなことは夢だとわかっている。天文学的な確率で、運よく目立つ星にぶつからない限り、どんな場であっても、オレの行いで人々のあいだに語り継がれるようなことは生じないのだ。
なにひとつ世に足あとを残さず、無名の人として生涯を閉じるだけだ。大げさに言えば、オレの生きた証なんてものは、存在しないのだ。子供のように涙を自由に出し入れできるなら、己の不甲斐のなさを泣きたいよ。
娘はもう、アンドロイドのカプセルに関心はない。宇宙船の片すみに放り出されたカプセルは、まるで、社会から見向きもされない自分のように感じられ、腹立たしかった。
ふん。自分の子供のわがままひとつ抑えることができないで、なにが証だ。なにがひとかどの人物だ。こんなもの、見るだけで不愉快だ。どうせ帰ったら、このカプセルはお払い箱なんだから、ここで捨ててしまうか。
訪れた星に痕跡を残すことは禁じられている。しかし、今は細かな規則の順守より、オレのムシャクシャを片づけることが優先だ。こんなちっぽけなオモチャをひとつ捨てたところで、この青い星にどんな影響をおよぼすというんだ。
オレは、カプセルを宇宙船の外へと捨てた。
丸くあわい桃色のカプセルは、陸の部分に落ちて転がり、川の流れにのった。
どんぶらこー。
日本昔ばなし史上に大いなる足跡を残し、男の乗った宇宙船は飛び去った。
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