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和真さんが向かったのは洗面所だった。そこでオレを包んでたシーツを取るとそのまま浴室へ。中は湯気が立ち込めて、浴槽にお湯が張ってあった。その中にオレをゆっくり下ろしてくれた。
「熱くないか?」
よく見たら和真さんはシャツの袖を捲っていた。ズボンの裾も膝あたりまであげてある。
「綾人?」
なんだか状況が掴めずぼやっとしていたら、やさしく頬を撫でられた。
「あ・・・熱くないです」
温かいお湯の中に体を沈めると、体の力が抜けていく。
気持ちいい。
もしかして和真さん、オレをお風呂に入れてくれようとしてるのかな?
いくら袖とズボンを捲っても濡れちゃう。
「一人で入れますから、和真さんは戻ってください。濡れちゃいますよ」
「構わない」
「・・・じゃあ、一緒に入りましょう」
お風呂はこだわって借りた部屋だから、二人くらいなら一緒に入れる。
でも、和真さんはオレの言葉に何も言わず浴室を出ていってしまった。
がちゃりというドアの閉まる音にオレの胸は痛んだ。
やっぱりオレと入るのは嫌だったのかな・・・。
さっきはこらえた涙がこぼれた。けど、涙はお湯に落ちて消えていく。オレはお湯を掬って顔を洗った。その時、がちゃりとドアが開く音がした。
和真さんが今度は服を脱いで入ってきたのだ。
「温まったか?」
そういうと床にバスタオルを敷いてオレを湯船からそこへ移した。
いつもはイスを使うのだけど、今のオレは小さなイスにまともに座ってられないので、床に直に座らせてくれたみたいだ。そして後ろに回ってオレの背を支えるように座ると、シャワーの温度を確認して頭を洗ってくれた。
目を瞑ってされるがままになる。
美容師さん以外に髪を洗ってもらうなんて何年ぶりだろう。
優しい手つきが心地いい。髪のあとはたっぷりの泡で体も洗ってくれた。それこそ耳の裏から足の先まで隅々まで洗われて、まるで王様にでもなった気分だ。変なの。いつもは和真さんが王様なのに、今日はまるでオレの家来みたいだ。
全部洗ってもらって、和真さんの胸に背を預けてお湯に浸かってる。するとどこもかしこも溶けてしまったようにとろとろになって瞼が重くなってくる。
実はあそこも洗われて、ちょっと恥ずかしかったけど、全部キレイにしてもらってスッキリした。
いつもならこんな浴室で二人でいたら、また欲情して始めてしまうところだけど、今日の和真さんは一切いやらしいことはしなかった。その事がまた胸に刺さってるのだけど、今はこの心地良さに意識が薄れていく。
あ、でもひとつ言っておかないと・・・。
オレは重たい瞼をこじ開けた。
「和真さん。寝室のクローゼットの右側に和真さんの着替えが入ってるのでそれを使ってください・・・」
本当はもっと詳しく言わなきゃいけないのに、オレの意識は限界だった
瞼は完全に落ち、オレは心地よいお風呂の中で眠ってしまった。
次に目を開けた時、オレはソファに横になっていた。すっかり部屋着を着せられ、湯冷めしないように上からブランケットもかけられていた。そして、髪にかかる温かい風。
和真さんがオレの髪にドライヤーをかけている。
なにこれ。
本当に王様と家来みたい。
なんでこんなに優しいの?
オレのこと冷めちゃったんじゃないの?
オレが目を開けたのに気づいたのか、和真さんがドライヤーを止めた。
「綾人、起きたか?」
優しく髪をすきながら、和真さんが覗き込んで来る。無精髭を生やしてクマが出ててもかっこいい。
背が高くてかっこよくて、おまけに仕事もできるけど性格に難アリ、でちょうど良かったのに、こんなに優しくなっちゃったら完璧すぎて、余計オレには釣り合わない。
「綾人?」
じっと見上げたきり何も喋らないオレに、和真さんが心配げにもう一度名前を呼ぶ。
「すみません。寝てしまって・・・」
やっと口を開いたオレに安心したように口元を少し綻ばせ、和真さんが頬を撫でてくれる。
「風呂上がりで喉乾いただろう?何か持ってこようか?」
「それなら、冷蔵庫の横にあるダンボールの中にみかんが入ってるんです。それを取って貰えますか?」
実家にいる時から毎年取り寄せてるお気に入りのみかん。なんだか今はそれが食べたい。
「ん。待ってろ」
頭を2回ぽんぽんと叩いて、和真さんがキッチンへ立つ。その姿を見て、ちょっと嬉しくなった。オレが用意した部屋着を着てくれている。
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