2人が本棚に入れています
本棚に追加
しかしそんな平穏な日常も長くは続かなかった。
あれは高校二年生の秋、そろそろ進路をはっきり決めておかなければという時期の事だった。
夜に一家団欒で食卓を囲んでいると不意に母が話し出した。
「ねぇお父さん、昔隣に住んでた斉藤さん、覚えてる?」
「ん?あぁ、覚えてるよ。
あの旦那さんが転勤族の…お前は奥さんと気が合うとか言って仲良かったよな。」
「そうそう、今でも時々連絡するんだけど、何か今大変みたいで…」
表情が曇る母、少し間を置いて父が切り出した。
「どうかしたのか?」
「うん…息子さん、いたじゃない?確か壮介君。
今年就職したばかりだったんだけど、仕事の人間関係が上手くいかなくて辞めた挙げ句引きこもりになっちゃったんだって!」
無言で両目を見開いた父は適切な言葉が見付からない感じだった。
「それは…大変だな…でも壮介君全然そんな感じじゃなかったのに、挨拶もしっかりしてて健とも時々遊んでくれたよな?覚えてるか?健。」
「えっ?あぁ覚えてるよ。」
斉藤壮介君。
五年前まで隣に住んでたが父親の転勤で引っ越していった、当時の僕にとってお兄さん的な存在の青年だ。
歳は確か僕と四つくらい離れてて、休みの日や学校から帰ってきた後に時々遊び相手になってくれていた。
優しく、ユーモアのある好青年だったのを覚えてる。
その壮介君が引きこもりだなんて俄に信じ難い。
僕が突然の話に唖然としているのをお構いなしに母は続けた。
「どうも専門学校に行ってからアニメとかゲームにハマり出して、そこから少しづつ部屋に籠もるようになったみたいよ。」
…ん?
つまり母の言い分では引きこもりの原因はオタクになった事にあると、そういう事なのか?
いやいやいや、それは関係ないだろう。
多様性が求められる昨今の人間社会ではオタクを公言している芸能人も少なくないし、現に僕だって既に立派なオタクだがマイペースなスクールライフ送っている。
それに休日はネットでたくさんの仲間達とコミュニケーションを取りながら、同じ目標を達成する為に時が経つのも忘れて切磋琢磨している。
以上の理由から、この先自分が引きこもりの社会不適合者になるなど微塵も想像できない。
だが、世の中では万が一不測の事態が発生する場合がある。
母の話を聞いてると不安になってきたので念の為Google先生に聞いてみる事にした。
オタク、引きこもり、検索。
…ヒット件数が尋常ではない。
『40代ニートの実態が悲惨すぎる。
不登校、ニート、引きこもり、一つの事にのめり込むあまり周りが見えなくなり、次第に自分の都合の良い世界に没頭するようになる。
最終的にはその世界を外敵から守る為に、厳重に理論武装し関わろうとする者を過剰に攻撃してしまう。』
急に動悸が激しくなってきた。
このままでは僕は親のスネを噛りながら怠惰な生活を送り、一人孤独に野垂れ死んでしまう。
この時他人の意見に流され易い僕には、自分が信じてきた物が脆くも音立てて崩れ去ってゆくのがひしひしと伝わってきた。
変えなくては、自分を。
最初のコメントを投稿しよう!