ひのとり

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「たったの二十時間……少しでもトラブルがあれば、もう終わりじゃないか。こんなことがあっていいのか、神は俺達を見捨てるのか」  見捨てはしない、いつも君の(そば)にいる。 「歴史的瞬間には得てして、こういう運命が待ち受けているものよ。……それよりいいかげん髭でも剃れば? 火星の神マルスに失礼よ」 「有美(ゆみ)ふざけるな、髭なんか剃っている場合じゃない。お前のその落ち着いた態度見てるとイラつくんだよ」 「なんですって?」 「真守、有美、二人ともやめろ。食事にしようか、私が用意する」  真守は元々気性が激しいわけではない、この緊張状態が続いていることが原因だ。彼が損な役回りになってくれているから、私と有美は冷静でいられる。  格納庫からフリーズドライの食品を取り出し、お湯を加える。出来上がるのは十分後だ。 ――少しは気晴らしが必要だな、よし。 「フリーズドライも食べ飽きた、いい加減まともな食事がしたい……」 「火星に到着すれば、事前に着陸させた基地コンテナに缶詰があるわ、我慢しなさい」 「まずは食事前にこれでもどうだ?」私は透明チューブの筒を二人に投げた。 「え? これって赤ワインじゃ……。これは着陸後の祝杯のために用意したものでは?」 「前人未踏、地球外惑星への人類の第一歩に向けて、前祝いさ」 「そうね……もう一度チームの結束を固める意味でも、乾杯しましょうか?」 真守はしばらくチューブを見つめながら考え込んでいたが、キャップを外すと片腕を上げた。 「我々の世界初、火星有人探査船着陸を祈念して乾杯」  三人でチューブを重ね合い、宙に浮いたワインの球を口に含んだ。体中に染み渡る豊潤な葡萄の温もり。
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