国とひと、神の在り方

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【城承語り】三話:荘園 af7a6a08-cf04-44f5-a2e4-a25dc2833ff1  結果として、戦はたいしたことなく済んだ。  国を治める絶対の「藤家」に逆らう、ということに藤家に近いからこそ反対する派閥も多かったらしい、反乱軍の指揮は乱れに乱れ、ほぼ内輪揉めのような状態で壊滅していった。  生き残った反乱反対側もみな打ち首だ。反乱を起こした一族でも寝返れば許される、そう思われては堪らない。付け入る隙を許すだけだ、絶対が崩れゆく。国を安寧に保つためには、絶対の存在がただ一つだけ必要なのだ。  打ち崩せる、勝ち得るなどとは決してどの一族にも思わせてはならない、かけらとて。その隙が反乱を、戦を生み、民は巻き込まれるのだ。国の平穏のため、歯向かいには絶望を。それこそが当主の務め、……  ――やっていられないな。嘲笑を隠れながらこぼして、杯に残った酒を飲み干す。 「みな盛り上がっていますね。明日は使い物になりませんよ、あれ」 「はは、相変わらず口の悪うこっちゃのう。無事終わっちゃあに、明日んわざわざ何しやらるんじゃ」 「後片付けですよ! 負傷者の手当てやら巻き込まれた街の修復やら、やることは山積みでしょう」 「わはは正論じゃ! ゆえにみな呑みたて仕方にゃあよ、やっとらりゃせん!」  笑い飛ばしながら、雑魚寝を始めた仲間たちにタオルケットを放り投げるハヤトへ目をやる。  法石。本来であれば契約者を選ぶ側の、社会的に優位な存在。  法力がなければ巫術師(ふじゅつし)なぞ、どれだけ優秀な回路を持っていようと役に立たない。法術を展開するために消費する法力、それは巫術師自身で生むことは能わず、法石だけが体内で生成し累積させられるのだ。されど法石とてひとりでは役に立たない、法術回路を持たないために法術を展開できない。  ゆえに法石と巫術師は【契約】を結ぶ。法石の同意さえあれば、互いの血でもって一画ずつバツを描けば成立する。交わった中心点、それが二人の血をも結び契約は為され、ようやく巫術師へ法力の受け渡しが可能になるというわけだ。差し出す側だからこそ法石側の底からの同意がなければ契約は成り立たず、無理にバツをかたどっただけでは巫術師は法力を受け取ることができない。  基本的には皮膚同士の接触があってこそ受け渡しが可能となる、とされているが、重要なのは意志の疎通だ。タイミングと心根、思考、そう――心拍が合えば目線ひとつでも多量の法力を受けとる、渡すことも可能ではある。法石と巫術師、互いが優秀かつ疎通が強い必要があるのだが。  しかしハヤトとは落ちこぼれだ。法力の量が人より劣る、それほど大げさでなくとも。  それゆえに家の者と反りが合わず――ぼかすのはやめよう、虐げられてきて、奴は十二のときに家を出た。荒んでいたところを拾ったのは、その目に可能性を見たからなんて格好いい理由じゃない。  第一に、面白そうだったからだ。家が用意した代々仕える法石でなく、こんな荒くれ者を連れ帰ったら家はどんな騒ぎになることか。恐らく父だけは面白がって笑い飛ばすだろうが、その他の価値なんてものに囚われている分家の者どもなぞなんと騒ぎ慌てふためくだろう、思うだけで愉快爽快だったのだ。そのさまはずいぶん滑稽であろうとの想像はひどく容易く、しかしてその通りとなったので、なおのこと愉快、爽快。  つまるところ――十歳の子供、そのちょっとした悪戯だったわけだ。ついでに当時より薄ら芽生えていた、人の価値を戦の役に立つか否かで決める仕組みへの不満、改めるべきという意思の表れ。  巻き込まれたハヤトは奇異の目と嫌悪に晒されさぞ迷惑であったろうが、守り抜く自信は当然あった。本家跡取り長男の決定に異議を申し立てる、即ち国を絶対的に治める藤家への異論。許されるわけはないのだ、分かっていたからハヤトを引きずり込んだのである。  ちなみに父は本当に愉快げに笑い快く奴を向かえ入れ、妹は「兄様らしい」と笑い。下の弟は物心ついたばかりでよく分かっていなかったせいで「兄の契約者」という認識しか昔からなく、今もハヤトが煙たがられるたび首を傾げている。  ――けれど蓋を開ければ、なんとも。ハヤトの法力、その【質】とは人一倍であった。常人の倍に匹敵しかねないそれは、少量でも莫大な法術の展開を可能としてみせる。初めて受け取ったときの動揺はさすがに顔に出て、しかしハヤトには「そんなに驚くほど悪い出来ですみませんでしたね」など嫌味を言われたものだが。  ゆえに戦場(いくさば)の最前線でも不安を感じたためしなどなく、常に容赦のない全力でもって戦うことができていた。しかしハヤトの法力量の少なさしか感じることのできない者……契約者でない、鷹の血を受け取れはしない者はただ「藤家当主の回路の優秀さに救われた」と、そう思っている。それらには質など知る由も手段もないのだから仕方ない、が、ハヤトの御所(ごしょ)での過ごしやすさのためとは言え、有象無象に事実を知らしめるのさえ惜しいと思うほどの才能であることに本人すら気付いていないのは、……やはり頭の弱さゆえか。  だからいまだ痣を作り続けている。確かに「落ちこぼれの拾われ鳶」でい続けてくれるのは、相手の油断を誘えるゆえに助かることではあるのだが。  第二に。奴は、唐笠ハヤトという法石は。吾れの喪失を惜しまぬと確信したがゆえだった――そのはずだった。 「貴方もそのくらいにしてください、明日潰れていても面倒見ませんよ。忙しいんですから」 「はははっそら参りゃあ、たまにゃお内ん小言に従らるとするかの」 「ええ、自室までお送りします」 「過保護んこっちゃあ」  戦を終え賑わう広間。残った酒もそのままに杯を置き、静かにひとつ息を吐く。  我ながらさすがに呑みすぎゃあの、とひとつ落としながらふらり立ち上がれば、出来た鳶はすぐさま寄ってきて腕を掴み、自分の肩へ回す。それに体重を預けてほとんど、凭れた。  そのままずるずる引きずられるように廊下をしばらく歩けば喧騒は遠ざかり――気配は、このふたつきり。 「……ハヤトや、絶滅危惧種ぁもっと丁重に扱えらりゃあせんかの」 「無理ばかりして、無茶ばかりして、何度血管が切れそうになったことかお分かりですか」 「ははは、なして心配が怒りにゃ繋がらるんじゃ、お前さんは」 「荘園の人間はキレやすいんです。御領主様の血が特異なだけで」  頭がくらくらとする。さすがに回路を活発化させすぎた、今回の戦は見せしめとしても利用しなければならなかったとはいえど、この有り様など。ハヤトの小言が耳に痛い。  最前線にて絶対的な強さを示すことこそが藤の地位を固める。覆せないと、そう絶望させることこそが当主の役目。 「しっかしまこと、天照ん御力(みちから)は偉大すぎゃあの。人ん身にゃあ余らる」 「……貴方はもう、だれの目にもひとではないんですよ」 現つ神(あきつかみ)という【絶対】として祀られる、神になられたんです。  鳶は奥歯を軋ませそう吐き捨てた。  なぜあなたなんですか、と。明日には忘れる、酔っ払いの戯れ言として。
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