第2部・第10話 新しい出会い

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第2部・第10話 新しい出会い

 パーティーをきっかけに知り合った男性・ディックの誘いで、フード・ドライブというボランティアに訓志(さとし)は参加することにした。初めてボランティアに参加する日、訓志は不安のあまり、コミュニティセンターの駐車場からディックに電話してしまった。 「ディック? サトシです。あの、今コミュニティセンターに着いたんだけど……」 「あぁ、おはよう、サトシ。玄関で待ってて。一分で迎えに行くよ」  事もなげに言い、彼は言葉通り一分以内に現れた。知っている顔を見て、分かりやすくホッとした表情を浮かべた訓志に、ディックは、クスクスと笑った。 「サトシは、僕に負けない人見知りだね。きっと初対面の人ばかりの部屋に入りづらいだろうと思ったんだ。やっぱり迎えに来て良かった」  キッチンに集まっていた、年齢も人種もまちまちのボランティアに、ディックは、訓志を紹介してくれた。ディックが誠実な人柄で、ボランティア仲間からも信頼され、好かれていることが、場の空気で分かった。  料理作りのリーダーは、元気の良い女性だった。彼女の指示に従って、みんなで料理を作る。訓志はディックと同じ班に入れてもらった。郷に入っては郷に従おうと、みんなの手順を見て、出しゃばらないようにしようと思った。しかし、野菜の皮剥き一つとっても、訓志の仕事が早くてきれいなことは、あっという間にその場に居た人達の知るところになってしまった。 「日本人は手先が器用だって言うけどホントね! 料理上手な人が来てくれると助かるわ! 今度ぜひ、本場の照り焼きチキンと、海苔巻きの作り方を教えてね」  目を輝かせた料理作りのリーダーに言われ、訓志は、嬉しさと気恥ずかしさで少し頬を染め、はにかんだような笑顔を浮かべた。  配達は、通常二人でペアを組むそうだが、この日は、ディック、台湾系アメリカ人女性、訓志の三人一組で行くことになった。 「このサービスの受給者さんは、年配だったり、身体に障害があったり、色々な理由で食べるのに困っているの。材料を届ける団体もあるけど、料理を作る健康状態にない人には、温かい手作りの食事を届けた方が良いんじゃないかって、この活動が始まったのよ」  配達同組になった女性の言葉に、訓志は頷いた。立ち寄った家によっては、キッチンやダイニングまで料理を運んであげることもあった。そのたびにひどく感謝され、今日初参加の訓志は申し訳ないような気持ちになった。 (勇樹は、僕たちの家を「普通だ」って言ってたけど、やっぱり、場所柄もそうだし、家もずいぶん立派な方なんだな……。恵まれた生活ができてるのは勇樹(ゆうき)のお蔭なんだ……)  少し複雑な気持ちにはなったが、女性が社交的で話し上手な人だったこともあって、車中の会話は弾み、楽しかった。彼女は、ディックと訓志が知り合った経緯を知りたがった。 「ディックって、私の知り合いで一番ナイスな(良い)人なのよ。平日のボランティアに参加してくれる人って、なかなかいないのに」 「……仕事がフリーランスのエンジニアだからね。成果さえ出してれば、平日の昼でも時間は作れるんだ。ずっと一人で働いてるから、たまにこうして人と関わりたくなるんだよね」  ディックはハンドルを握りながら温和な笑みを浮かべている。彼女はなおも突っ込んだ。 「ナイスな人なんだけど、とにかくシャイなの。サトシみたいなチャーミングな男性に、自分から声を掛けられたのかしら? 不思議で仕方ないわ」  ディックは不満げに口を尖らせ、耳を赤くしている。訓志は、やんわりフォローに入った。 「ディックが、僕の忘れ物を預かってくれたんですよ。それがきっかけで、お話したんです。その時、僕がパートナーの転勤についてきたばかりで、英語も下手だし友達もいないって愚痴を聞いてくれて、このボランティアのことを教えてくれたんです」 「初対面で個人的なことを聞くのは失礼かなって遠慮してたんだけど、やっぱりサトシにはステディな相手がいるのね。その指輪も?」  訳知り顔で女性は頷きながら、訓志の左手を指差した。 「はい。結婚してます」  ちょうどコミュニティセンターに着いたこともあり、会話はそこで終った。ディックの車を、女性と一緒に降りたが、訓志は、ハッと振り返った。 「ディック。ちょっとここで待っててくれる?」  ポカンと口を開けたが、彼は素直に頷いた。訓志は小走りで自分の車から紙袋をピックアップし、ディックに手渡した。 「これ、僕が作ったクリスマスケーキなんだ。ドライフルーツ入りの焼き菓子だから、日持ちはすると思う。大したものじゃなくて申し訳ないんだけど、色々お世話になったお礼の気持ちだよ。もし好きな味じゃなかったらごめんね。……じゃ、また年明けに。メリークリスマス」  少し図々しすぎたろうか。ディックの戸惑ったような表情に、一瞬反省したが、 (まぁ、僕の感謝の気持ちだから)  そう気持ちを割り切って、自分の車へと戻った。後ろから、ディックの声が追い掛けてくる。 「……ありがとう、サトシ! メリークリスマス!」 「どういたしまして。こちらこそ、いつもありがとう!」  訓志とディックは、微笑みを交わした。 「七面鳥(ターキー)は、感謝祭(サンクスギビング)に食べたから。今回はローストビーフにしたよ」  訓志が気合いを入れて用意した豪華なクリスマスディナーに、勇樹は感嘆の声をあげた。 「すごいなー! 訓志、ありがとう。……あぁ。こんな幸せなクリスマスを、訓志と一緒に過ごせたことが何より嬉しいよ」  勇樹は背中から訓志に抱き付くと、犬が匂いを嗅ぐように鼻先を訓志のうなじに擦り付ける。 「ふふふ、くすぐったいよ。お皿落っことしたら、食べるもの、なくなっちゃうよ?」  二人はクスクス笑いながら料理を並べ、ワインを開ける。一度のボランティアとは言え、リアルなアメリカを間近に見聞きし、改めて訓志は、当たり前のように今の恵まれた境遇を与えてくれる勇樹に感謝した。  あまりに変化や刺激の乏しい生活で暗かった訓志が、明るくなったと、勇樹も、ボランティアを続けることを許してくれた。  自分にも、新しい居場所、新しい仲間ができるかもしれない。訓志は、期待に充ちた新年を迎えた。
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