#結婚しました

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『#結婚しました』  幸せなハッシュタグが付いた投稿をスクロールしていくと、見覚えのある写真が立て続けに出てきた。そのうち1枚は今隣にいる彼と、初めて会った時のツーショットだった。 『ねえ、今日は何食べる?』  仕事が終わって、彼にメッセージを入れる。会社のロビーに置いてあるコーヒーの自販機にお金を入れて出来上がるのを待っていたら、もう既読が付いていることに気付いた。いつもは帰りの電車くらいでやっと既読が付くのに、丁度スマホを弄っていたのだろうか。  外をぼんやり眺めながら出来上がったコーヒーを飲んでいると、スマホが上着のポケットの中で振動した。コーヒーを持ち替えてスマホを取り出すと電話は彼からだった。 「もしもし、今優花さんの会社の近くの駐車場にいるんだけど、そこまで来れる? 今日はこのまま行こうよ。行きたい場所も予約してあるから。」  そう言う彼は、彼じゃないみたいだった。いつもタクシーに乗る彼が自分で車を運転してきてくれたのも、私の会社を「治安の悪い場所」とか言って来たがらなかったのに来てくれたのも、そもそも既読が早いところからなにかがおかしい。なんかいつもに増して早口だし。 「わかった。駐車場の場所を送ってくれたらすぐ行く」  そう言うと彼から駐車場のURLが送られてたから確認して電話を切る。 「先輩彼氏さんですかー?」 「わ、びっくりした……」  後ろから可愛い声が聞こえたと思ったら、後輩の萌がホットココアを持って私を見上げていた。萌は彼のことを知っているはずなのにわざと語尾にはてなを付けて話しかけてきた。 「先輩いいなぁ。萌も蓮さんみたいな素敵な彼氏欲しいですー」 「萌は前『運命だ……』とか言ってた男の子いるじゃん」  そう言うと萌は笑いながら無いです無いです、と前の男の子を全力でバカにし始めた。どうやら前の彼は顔だけで中身が残念な人だったらしい。初めての合コンで戸惑っている先輩の私を放置してあんなに猛アピールしていたのに。萌の運命は全然運命じゃない。 「先輩蓮さんのところ行かなくていいんですか?」  萌の話が一通り終わった後、萌が首をこてん、と傾げながら聞いてきた。そうだった、私は萌と話すのが目的ではなかった。ぬるくなったコーヒーを飲み干して紙コップをゴミ箱に入れる。 「じゃあまたね」 「はーい! 今日こそイケメン彼氏ゲットしてきまーす!」  ニコニコ笑っている萌に背を向けてロビーの外に出る。ひんやりとした風が吹き抜けて、歩道には落ち葉が数枚舞った。彼からのメッセージをタップしてURLを開くと、メイン通りから路地に入った場所にある駐車場が表示されていた。さっきより強い風が私の手の温かさを奪っていく。この寒い中1分でも彼を待たせてるのが申し訳なくなった。
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