変わった君に淡い期待を

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変わった君に淡い期待を

 同級生はみんな体育館から教室に戻っていく。    私は胸につけたコサージュを着けたまま靴箱に向かっていく。    親は私が教室にいないことに驚くだろう、申し訳ない。あの子も驚いてくれるだろうか。一緒に出て行きたかったな。同じくコサージュを着けて笑っているだろうあの子のことを願っている。  あいつらも笑っているかもしれない。知ったことか。先生が戻ってきても教室に一向に戻ってこない私に、あいつらは互いに顔を見合わせて可笑しなやつだと鼻で笑っているのかもしれない。もしかしたら一応と教室を見渡してくれるかも。重い腰は上がっていないけど。  三年間履きなれたシューズを癖で靴箱に仕舞った。踵が擦り減った運動靴を履けば、もう戻ってこない。お母さん、卒業証書代わりにもらっといて。  靴箱に貼られたあいつらの女王様の名前。その上に鎮座する双子のお姫様をさらって私は裏門に向かっていく。  在校生たちが先生の指示に従って二列にならんで門出道を作ろうと頑張ってくれている。あれ、通るの結構楽しみだったんだけどな。  真っ直ぐ続いている防波堤。港に止まった小舟は今も使われいるのか、人が乗っているところを見たことがない。  潮風が寒い。コートもマフラーも教室に置いてきた。手袋もはめていない手は痛いくらい悴んでいる。  人差し指と薬指に掛けた双子のお姫様も寒そうだ。落とさないよう強く曲げた指先だけが湿って気持ち悪い。  双子を冷ややかな目で睨む。その片割れだけを左手に移動させる。  恨むなら、女王様を恨んでくれよ。  右手で摘んだままのお姫様を大きく振り上げて海へと投げ捨てた。  投げ飛ばされたお姫様は空中で回転して、ぽちゃん。あっけなく軽い音を跳ねさせて海へと落ちていく。  この双子に情なんてないから、続けて左手で持っていた片割れも海へと投げ捨てた。  不法投棄禁止の看板は何も言わずに私のこの行いを見守ってくれた。錆びだらけの看板が素敵な大人に見えたよ。背中じゃなくて顔で語っているけど。  防波堤の上に登って、白線渡りのように軽くなった両手を広げて当てもなく歩きづつける。  鼻歌だって歌ってやるさ。オーディエンスのあの子もいたら盛り上がるのに。今頃、そっちの子達とカラオケでも行ってると思うと妬けちゃうな。私も混ぜろよ。でもよかったよ。  メールの向こうの彼女はここにいる時よりも魅力的に笑ってるから。だから私は私以外の子とはしゃいでいても、連絡がだんだん減ってきても気にしないよ。  鼻を啜る。気温差で鼻水がでるのは昔っから。だから慣れてる。ブレザーのポケットからティッシュを取り出して一枚抜き取る。ハンカチとティッシュをいつも持ち歩いてる私より、あいつらが上だったことも慣れてるんだと私は鼻をかんだ。  ああ、もう、あの子が羨ましい。  ダサダサ同盟どうなったんだよ。  お前と一緒にはしゃぎたかったよ。    周りに地味だな、はっちゃけろって言われてもさ、これが私たちのはっちゃけケスタイルだって、肩組んで防波堤のこの道をさ、夕日に照らされて歩くんだ。  最高の青春ってかんじだろ。すげえ、だせーけど。  そういえば、携帯も教室に置いたままだ。鞄を取りにいってから出て行けばよかったな。  でも、どうせ、今手元に携帯があっても私からおめでとうって返すにはまだ私は意固地みたいかも。ごめん。  お前は悪くないよ。今回は周りがハズレだったってだけ。親の上司が、会社が悪かっただけだから。  落ち着いたら今日のことをお前に話すよ。でもそれは会ってから話したいから。だから、  どうかまだ、  私たちって友達だよな。  夕飯までには家に帰ろう。それまでは当てもなく歩き続ける。どうせ行ける範囲は限られているから。    
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