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「じゃあ今日は大河、荒川さんと一緒に帰っていいぞ!どうせ浮かれて練習なんか身に入らないだろ?」
キャプテンの言葉に大河くんは小さく頷いて、私の目をじっと見る。なんか子犬みたいだ。バスケの試合のときは凛々しく輝いているのに。
「あの……」
「はい」
大河くんはまだモジモジしながら小さく呟く。
「唯ちゃん……って呼んでいいですか?」
「もちろんです!」
「ありがとう。じゃあ支度してくるのでちょっと外で待ってて……」
大河くんはボソボソと呟いて背を向ける。私は部室を出て空を仰いだ。
秋晴れの空は気持ちいいくらいに高くて、これからの私達の生活を期待させてくれる。学校のスターと付き合える日が来るなんて想像なんてしていなかった。私は顔がニヤけてしまい、クスクスと一人笑っていた。
しばらく待っていると大河くんが学生服で現れる。私は大河くんの右手をそっと握る。そこで私はお決まりの文句を口にした。
「ねぇ大河くん、どうして私が良かったの?」
大河くんはまた顔を真っ赤にしながら小さく呟いた。
「唯ちゃん、小さくて可愛くて怖くないから……」
私は首を傾げる。小さくて可愛くてはまあいいだろう。怖くないってなんだろう?
と思った矢先、私達の後ろから声がする。
「大河!彼女できたんだから臆病を早く治せよ!」
聡くんの声だ。それを聞いた大河くんは飛び上がって驚いたのだ。
「さ、聡うるさい!」
臆病?大河くんが?バスケの試合だとあんなにカッコいいのに?私の脳内はグルグルまわるが、さらにそのあと、大河くんは野良猫や走り去っていく子供が現れるたびに飛び上がって驚いた。
そして私は理解した。
大河くんはとんでもなく臆病だということに。
だからといって大河くんの彼女の座を譲る気なんてサラサラない。私のクラスメイトたちは大河くんの彼女の座を射止めた私を羨ましがるが、臆病過ぎる大河くんと私の関係は分かりやすすぎるほど簡単に構築された。
例えばデートで映画に行くとする。大河くんは受付で学生二枚と言うだけでも吃って言えないために私が言うことになる。
例えば喫茶店で昼食をとるとする。ウェイトレスを呼ぶのにも大河くんの声が小さすぎて結局、私が声を出すことになる。
例えば学校。大河くんと並んで歩いてもちょっと強面の先輩が見えたものならば大河くんは隠れる。
そんな積み重ねがあり、私は十二月には毎日ため息をついていた。
「恋ってこんなものなのかな?」
と教室で呟いたならば私はクラスメイトに総攻撃を喰らう。
「そんな贅沢な悩みを!」
「大河くんの何が不満なの!?」
「唯は幸せなんだよ!?分かってるの?」
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