【プロローグ】-3

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【プロローグ】-3

 ある秋晴れの清々しい朝だった。その日は日中の気温が5月頃の陽気だと天気予報で言っていた。今日はマフラーしないでいっか。そうは言っても駅のホームは寒いとわかっていた。でも、なんとなくそうすることにして私は家を出た。  わぁ〜やっぱ寒いなぁ。マフラーしてくるべきだった……  帰り道、寒気に肩を竦ませながら上着のポケットに手を突っ込んで駅に向かった。その日はいつもより20分ほど遅く職場を出た。といってもその程度では残業手当ては付かない。さらにはいつも乗って帰る電車には間に合わないので、その次の電車を待たなくてはいけなかった。  あるかな……  駅のホームに着くと丁度下りの電車が一本出た後だった。電車から降りた人々は皆ホームから去って行き、そこに留まる者はいない。私がいる反対ホームの上りはもっと前に出てしまっていて、人がまばらだった。とりあえず私は空いていたベンチに腰を下ろし、震えながら次の電車を待つことにした。  寒いよ寒いよ〜早く来てよ電車〜! 寒くて死んじゃう死んじゃう死んじゃうう〜っ……!  寒さが身に凍みる。わかっていたけどやっぱり寒くて堪えられなかった私は、叫びたい気持ちを必死で抑え、一人震えていた。 「こんばんは」  ふと頭上に声降ってきて、私は顔を上げた。 「隣いいかな?」と言って鞄や紙袋を持った男性が横に来る。 「あ、こんばんは……どうぞ」と私が促すとその男性は私の隣に腰掛けた。“彼”だった。膝まであるベージュのコートを羽織っている。いいな、あったかそうで。薄手だけど彼の着ているコートのほうがあったかそうに見えた。なんでもいいからあったかいものがほしい〜。なんでもいいから……  すると彼は紙袋の中を探り始めた。中から取り出した物を 「……」  何も言わずに私に差し出す。落ち着いた色合いのマフラーだった。 「え?」  それを見て私はきょとん。 「寒いからしたほうがいい。そんな寒そうな格好じゃ風邪ひくよ」 「え、でも……」  ほんとはうれしいのに、恥ずかしがって私が躊躇っていると 「?」  ふわっとそれが首にかけられた。  同時に頬が火照る。 「あったかい……」  私は思わずそう呟いた。  電車を待つ間、私はなんだか落ち着かなかった。彼の方を向くのが恥ずかしくなって、いつもみたいな会話ができなくなる。ようやく電車が来た時、慌ててマフラーを外そうとした。 「あの、これ……」  すると彼がそれを制し 「君にあげる」  そう言って軟らかく微笑した。 「え、でも……そしたら寒くないですか?」  名前がわからないので、“彼”に掌を向ける。 「大丈夫、自分のはちゃんと持ってるから」  そう言って彼は停車した電車のほうへ向かった。後から私も付いていく。いつのまにかできていた短い列に並び、扉が開くのを待つ。 「……」  どうしよう。本当にこれもらっちゃっていいのかなぁ。やっぱり返したほうがいいのかなぁ。う〜ん。と悩み…… 「あのー」 「それ、まだ使ってないから」  私の声を遮るようにして彼の声が重なった。 「良かったら使って」 「え、でもそんな……」とあわてふためいていると電車の扉が開き、どっと人が降りてきた。そして乗る人の列が前に進み、前にいた人が電車に乗ろうという時。 「君のために買ったから」  さらっと言って彼は先に電車に乗り込んだ。   『君のため』  どういうこと……  その真意を聞けないまま人で混雑した電車に揺られ、三駅目に電車が停車すると彼はそこで降りて行った。  これは“好意”と思っていいんだろうか。それとも深く受け止めちゃだめ?   そのことで一晩中悩んでしまった。素直に喜んでいいのかわからなくて。でもなんだかんだいってうれしかった私は、翌朝彼からもらったマフラーをして家を出た。いつものように電車に乗り、二駅目に停車して開いた扉から乗ってきた彼を座席から眺める。そして目を合わせて会釈すると、さりげなく首元に手を持って行き 「これ、どうも」と笑顔でマフラーをしていることをアピールした。 「……?」  彼は目を丸めて一瞬驚きを見せた後、すぐに「ああ」と口を広げ、理解したのかやわらかく微笑した。
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