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ロキョ。
出会い系アプリの顔。職業。学歴。年収。
誰でも偽ることができる。別に偽ったところで裁判沙汰になることなんてほぼ無いから、やりたい放題。
誰だって美男美女と関係を持ちたいと考え、そのために自分を大きく見せたくなるのは当たり前のことだろう。
だが、忠告はしておこう。
ロキョは簡単につかないほうがいい。
『ロキョ』は俺だけに通じる『嘘』という意味の言葉。カタカナの『ロ』と、漢字の『虚』が合わさっているから、ロキョ。
特に理由はないが、何故か昔からロキョと発している。
職業といい学歴といい年収といい顔といい、盛れるところは盛りに盛って出会い系アプリに登録した俺は毎日たくさんの女からメッセージが来ていた。
選び放題だった。
だから、その中から厳選して何人かの子と二人でオンライン飲みなるものをした。
もちろん、顔は加工して。
無料でキャバ嬢と飲めているかのような、天国のような時間だった。
そしてさらにその中から好みの子を選び、〈明後日会わない?〉と誘った。
そして今、アクリル板越しにいる『ミユ』と名乗る女は誰なのだろうか。
細目で某猫型ロボットのような、よく言えば可愛らしい体型。悪く言えばぽっちゃりな女子。
また、俺の顔をまじまじと見たあと、あからさまに落ち込んだのは何故なのか。
数日前にオンライン飲みをした『ミユ』は、目が大きくて顔が小さくて愛想がよかったはずだ。
もしあの飲み会が夢ならばこんなに鮮明に覚えているはずがない。
「…ロキョだろ」
その女に聞こえないくらい小さな声で呟く。
が、聞こえてしまったらしい。
ミユが驚いたような表情をしてこちらを向いた。
「…さっき、『ロキョ』って言った?」
そうだ。
そう言えば俺は嘘を『ロキョ』と言う。ミユにはこの言葉は通じないはずだ。いくらでも誤魔化せる。
「あぁ、言ったよ。ごめん、意味わかんないよな」
誤魔化せると同時に、話題ができた。一石二鳥だ。
よくやった、俺。
「いや………間違ってたら悪いんだけど、『嘘』って意味だったり、する?」
この返答は予想外だった。
『ロキョ』は、どこかの方言なのか?俺が知らない芸人のギャグか?
どうやって返せばいいのだろうか。それこそ、笑って誤魔化したほうがいいのか、認めた方がいいのか。わからない。
すると、焦りが顔に出ていたらしい俺に、ミユが話し出した。
「私も、使うの。『ロキョ』。同じ言葉使ってる人、初めて会った」
ミユはそう言って微笑んだ。
顔面偏差値は高くないはずなのに、可愛いと思えた。目の前のミユに興味が出てきた俺は、他にも質問をする。
なんとなく、直感だけど、他にも共通点があると思った。
好きな食べ物、音楽、休日の過ごし方、苦手な人のタイプ、付き合いたい人のタイプなどなど。
最後に挙げた質問を除けば、怖いくらい合致していた。
「じゃあ、結局ミユはカッコよくて優しい人がいいんだ」
「うん。菅田将暉くらいカッコいい人がいい」
真剣な眼差しで俺に訴えかけてくるミユを見ると、口に運んでいたビールを吹き出しかけた。
「え、そんな笑う?ユウキの言う、菜々緒と付き合いたいも同じだと思うんだけど」
理想を否定され、ミユは少しムスッとした表情をした。それから、笑う。二人で。
オンライン飲みでは、お互い当たり障りのない会話しかしていなかったが、実際に会ったら何年も友人関係にあるような会話を交わしている。
唯一アクリル板越しなのが悔しかったが、今の時期なら仕方がないことだ。
また、会いたいと思った。
「ミユ、」
「んー?」
彼女がシメのハイボールを喉に流し込みながら返事をする。
「また、こうやって話さない?」
そういうと、ミユは嬉しそうに笑った。
「うん、また会おう。その時には私、九等身 になってるからね」
「そしたら俺もおしゃれ研究しなきゃだな」
「…アクリル板なくなってるといいなぁ」
俺が『ロキョ』と発したときと同じくらいの声量で、ミユがそう言う。
俺はあえて聞こえていないフリをしたが、確かにこの距離だと聞こえてしまうんだな、と実感する。
「じゃあ、またね」
「うん。また今度」
お互い、軽く手を振って別れる。
帰りの電車の中でスマートフォンを眺めていると、インスタグラムで彼女の投稿が目に入った。
二つのグラスと綺麗に並んだご飯の写真と、その下の短い文。
〈オンラインの100倍くらい楽しかった!〉
白色のハートを桃色に変えて、一旦スマートフォンから目を離す。
オンラインでは伝わらない、温もり。楽しさ。着飾らないありのままの姿。アクリル板越しでも充分伝わった。
いつか直接ミユに触れられる日が来ればいいな。
俺は再びスマートフォンに目を落とし、〈菅田将暉 ファッション〉と検索をかけた。
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