銀髪

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   裏口の戸を開けば、銀世界が広がっていた。汚れを知らない真っ白い雪が穏やかに降り続けている。遠くへ続いている足あとは僕よりもひと回り背の低い彼女のものだ。正面の玄関ではなく、裏口から旅を始めるところが彼女らしい。彼女の足あとをなぞるように、僕も外へ出て歩き始めた。  人気のない林道は、積もった雪が朝日を反射してきらきらとしている。目をつぶってしまいたくなるほど綺麗な朝だ。彼女の足あとは軽やかに続いている。スキップをしているのかもしれない。僕の二十七センチの足あとが彼女の二十四センチの足あとを上書きしていく。新雪を踏む彼女の笑顔を想像した。きっと、少女のように笑っていたことだろう。  林道の左手に小さな池があって、眠るようにその水面を凍らせていた。池の水の暗さは、長い夜を閉じ込めたみたいだ。彼女はいったいどこへ向かったのだろう。彼女は時々、ふらっとどこかへ出かけることがある。今日みたいに雪や雨が降っている日や、穏やかにミミズクが鳴く夜に、ふらっと一人で家を出ては、僕の心配を他所に楽しそうな表情とともに帰ってくるのだ。見たことのない道を歩いてみたくなっちゃった。そう言っていつも笑って謝る彼女は、とても彼女らしいなと思う。  池の氷の上に小さな雪だるまが置いてあった。雪だるまの頭と体の雪玉は、まん丸とは言えない形をしている。雪だるまの頭に積もった雪を払ってあげて、僕はまた足あとを辿って歩いていく。彼女の姿は未だに見えない。もしかすると彼女自身も、自分がどこへ向かっているのか知らないのかもしれない。きっと、自分が将来どこへ向かっているのかを知ることができる人はいない。この道がどこかへ続いていると信じて歩く人と、立ち止まって、振り返る人がいるだけだ。スニーカーの底に雪解け水が染み込んで来たので、僕はちょっと背筋が伸びた。足先の感覚が無くなったって、僕は彼女を愛している。だから僕は肩の粉雪を払い除けて彼女の足あとを追いかけていく。  寒さに負けじと福寿草がいくつか咲いている。真っ白の雪と黄色い花弁は、お互いを支え合っているようだ。僕たちもこういう関係になれたら良いなと思った。美しく咲く花を、すぐそばで支えられますように。願わくばその花が枯れるまで、ずっと側で寄り添っていられますように。  彼女の足あとは林道の奥へ向かっている。きっといつも履いているお気に入りのスニーカーで歩いているのだろう、彼女の足あとに刻まれたギザギザは、まるで彼女の心の昂りを表しているようだった。僕は彼女の足あとをなぞって歩き続ける。この足あとはきっと、君のもとまで通じている。それは物理的な話としてもそうだし、感情的な話としてもそうだったらいいなと思った。  穏やかに降り続ける雪が目覚めたばかりの朝日の優しい光を弾く。僕の残す足あとも、少しずつ軽やかなそれに変わっていく。僕たちの行く先を明るく照らしているかのように、朝日は真っ直ぐに僕の目の前に照っていた。    
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