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彼の目を覚さないようにこっそり布団を抜け出して、彼からもらったお気に入りのスニーカーに足を通して、裏口の戸を開いた。降り積もった新雪は何者にも触れられていないように真っ白く輝いている。心地が良い肌寒さに私は頬を少し赤めて、どきどきと早まる胸の鼓動を理性的に抑えながら、私は歩き始める。踏み出した一歩目、ざっ、という音とともに私の足あとが雪に残る。もう一歩、もう一歩と、私はまだ見たことのない景色を探しに歩き始めた。
人通りの少ない林道を歩けば、この世界から切り離されたような独特な音が静かな朝に響いていく。白い雪とは対照的な黒いスニーカーが汚れのない雪を踏みつけるたびに、世の中で私ほど幸福な女はいないような気分になった。思わず歌い出して、踊り出してしまいたいような気分だった。音痴な私が歌なんて歌い出したらきっと、積もった雪が溶け出すくらい、静かな朝が台無しになってしまうだろう。その様子を想像して、私は小さく笑った。
林道の左側にある小さな池は、私が彼と出会う前に、夜の散歩で偶然見つけた特別な場所だった。膝ほどの深さもない池の片隅で、深まる夜に一人泣いた日々を思い出す。どこまで行けば大人になれるのか分からないまま、毎日過ぎていく夜に涙した。池の水面に氷が張っていて、鏡のようなその氷に私の顔が映っている。あの頃よりも少し大人になれた、子供のような笑顔の私がそこにいた。
私は積もった雪を手に取ると、小さな雪玉を二つ作った。かじかんだ手で握った不恰好な雪玉を二つ重ねた雪だるまを、池の氷の上にそっと置いてみる。あの頃の自分にちょっと似ている、氷の上に座る雪だるまに、がんばれよと言ってあげた。不恰好な雪だるまは、不細工な顔で笑っているようだ。
スニーカーの底に雪解け水が染み入ってきた。冷たくなる足を愛おしく思いながら私は歩き続ける。このスニーカーをプレゼントしてもらってから、散歩に出かけるのが好きになった。一人歩く時に感じていた孤独やどこにも向かわない息苦しさは、このスニーカーが包みこんで彼の元に帰る温かさに変えてくれる。歩みを進めると雪から顔を出す福寿草の黄色に目が留まった。福寿草の花が美しく感じるのは、きっと大らかな雪の白さのおかげだと思った。花が枯れて、おばあちゃんになっても、ずっと側にいてね。そう願いながらまた林道を進んでいく。
雪はまだしんしんと降り続けていて、私はふと立ち止まって後ろを振り返る。私が刻んだ二十四センチの足あとはきっと、貴方のもとまで通じている。たとえ私がどこへ行ったとしても、あなたは私を、私が帰るべき場所へ繋ぎ止めていてくれる。
いつも心配をかけてごめんね、だけどいつも側にいてくれてありがとう。
あなたはまだ、私が抜け出した布団で眠っている頃だろうか。目が覚めて私が隣にいなくて驚くだろうか。それとも、またかって呆れさせてしまうかな。何食わぬ顔で帰った私を叱る彼の声と表情を想像してとても愛おしく想った、その時、
「追いついた」
「おはよう。起こしちゃった?」
ばか、と言って彼は優しく笑った。少し鼻を赤くして、降る雪に肩を白くした彼。私の足あとに並んだ、二十七センチの足あと。
「雪がすごいよ。銀髪みたいだ」
私の髪に手を伸ばして、彼の手がそっと触れる。まるで雪解けみたいに、私は幸せだよ。
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