懐かしい色

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懐かしい色

 これは夢だと、夢の中で気付いている。  開けられた、グランドピアノの屋根の隙間から見える景色は、目を細めるほどの煌めく緑で、風に揺れる木の葉が優しく光っていた。そしてその隙間から、学生服の彼がピアノに合わせて歌っている。  空に浮かんだ雲は、あの時の雲と同じ形なのに、真っ白い。  もう一度、虹の雲を見たいのに。  彼が隣に居ないから、虹の雲は浮かばないのかもしれない…。  自分の指から紡がれる曲が終わってしまえば、彼とは二度と会えなくなるかもしれない。だったら、何度も繰り返して弾き続ければいい。もしくは目を開ければ、この夢は途中で終わるはずだ。悲しい別れのシーンを、見なくて済む。  昔と今の自分の心が、まるで手の平の上にあるように、良くわかる。  頬を伝わる涙が白い鍵盤の上に落ちると、見慣れた白い天井に、朝の光が筋を作っている場面に切り替わった。  一年に何度も、見る夢。いつも同じところで終わって、こうして朝が来る。  今日から、新年度。  仕事を初めて、7年目。もうすっかり”中堅どころ”になってしまった。  あっという間の7年間。最初は、自分の受け持ちのことだけ考えていればよかったのに、今は後輩のことをフォローしたり指導をしたり、良くも悪くも色々な仕事を任されるようになっている。    諦めが良いけど負けず嫌い。  人見知りではないけど、人と距離を詰めるのはそんなに得意じゃない。  あまり受けが良い女子じゃないのは、恐らく中学生の頃からずっと。    一応”結婚適齢期”と言われる年になっても、そんな子供の頃の名残があるのはどうかとも思うけれど、自分を無理に変えようとするのも違うような気がしていた。 「…今日も、頑張りますか」  ベッドの上で一杯に伸びをしてカーテンを思いきり開けると、さっき見た夢と同じ緑が、気持ちよく朝日を映していた。      
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